クロスオーバー! フレッシュプリキュア! クロス†オーバーforU 第2話

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フレッシュプリキュア! クロス†オーバーforU 第2話

お待たせしました、新シリーズ2話目です。キャラ名とかその他、ドキプリと被るとは思わなかったのですよ、去年末の時点ではw





数分前まではさっさと過ぎ去ってほしいと願っていた日常が、今は恐ろしいスピードで遠ざかっていく。
これは彼女の願いが聞き届けられた結果だろうか。
しかし、多くの神話がそうであるように、神様は非情だ。
彼女が、紫藤アイが、ニコニコと笑って平穏に暮らせるような日常を提供するつもりはないらしい。


「アイ、離れていたまえ」

“魔人”を名乗った白馬真江と、“クルセイダース”と呼ばれた人形のような少女は、まるでそれが当たり前のように、アイの目の前で猛然と闘い始めた。
両者の身体能力は、超人的という言葉では到底収まり切らないものだった。風のように駆け、稲妻のように跳ぶ。少女の蹴りは大木の幹をへし折り、真江の拳は石垣を粉々に打ち砕いた。
技と技がぶつかり合い、その力が拮抗した瞬間……両者の動きが止まった一瞬のみ、アイの目は辛うじて二人の姿を捉えることができた。
少女の鼻から下は忍者のような口当てで覆われ、一切の表情を読み取ることができない。対する真江も普段とまったく変わらぬ、汗の一滴も見えない涼しい顔をしている。
アイは目眩がした。目の前の光景を現実と認識することを、頭が拒んでいる……そう感じた。これはきっと、一種の防衛本能なのだ。自分の意識を正気をに繋ぎとめるための……。
体育館の屋根を伝い、校舎の壁を駆け上がり、一進一退の攻防が続いている。
少しずつではあるが、時間の経過とともにアイの頭は冷静に状況を整理し始めた。そして、あることに気づいた。
周囲が静かすぎる。この時間ならまだ、校舎にも体育館にも生徒や職員が大勢残っているはずだ。それなのに、誰も姿を現さないどころか、物音のひとつもない。
まるで、自分の周囲だけが異界に呑みこまれてしまったような……異界? 先ほどの真江の言葉を思い出す。
“神界”。真江は確かにそう言った。
だとすれば、自分は二度と元の世界には戻れないのだろうか。

「そう、ここは神界だ」

その不安を読み取ったかのように、アイの傍らに降り立った真江は、敵対する少女を視界に捉えたまま呟いた。

「神界とは、人界とは位相を異にする、神に認められし者の領域。つまり、普通の人間には見えない、立ち入れない世界ということさ」
「待ってください。それは……変です」

当然の疑問だった。

「それが本当なら、どうして、私はここにいるんですか」

他にも疑問は無数にある。しかし、おそらくは説明されても理解できない事柄ばかりだろう。この状況は、あまりにも人智を超えている。
ただ、一つだけ、説明がなければどうしても納得できないことがあった。
それは、なぜ自分がこの争いに巻き込まれたのか……ということだった。

「それは、君が……」

視界の端から射した赤い光が、真江の言葉を遮った。
アイの視線も自然とそちらへ向く。
少女……クルセイダースの右胸に描かれた赤い十字の紋様が発光し、その輝きの中から、十字に組まれた二本の棍が現れた。
右手に一本、左手に一本、携えた鉄棍を胸の正面で水平に合わせると、鎖状の赤いエネルギー光が二本を繋いだ。
アクション映画で見た、ヌンチャクに似ている。

「アイ!」

真江の声が緊張を帯びた。
アイが後退るのと、クルセイダースが突っ込んでくるのとがほぼ同時だった。
風車のように回転する鉄棍が、その進路上に立ちはだかる真江へと襲いかかる。

「せ、先輩!」
「心配しないで」

思わず上ずった声でアイが叫ぶ。答える真江は対照的に冷静だった。
二人の声をも切り裂くような勢いで、クルセイダースはヌンチャクを振り回した。
水平に薙ぎ、垂直に振り下ろし、または振り上げる。息つく間もない乱舞。先ほどまでの互角の組手が一転、一方的な攻めが始まった。

「なるほど、戦闘アルゴリズムに関しては、ほぼ完成されているみたいだね」

真江の口調はまだ余裕を漂わせていたが、紙一重の回避がそう長く続くとは思えなかった。
彼女の動きがわずかに停滞した一瞬を、クルセイダースは見逃さなかった。
空気を切り裂く鉄棍が、真江の頭上に振り下ろされる。
次の瞬間に訪れる惨劇を予感して、アイは反射的に目を閉じようとした。
しかし。
天を仰いだ真江の口元には、女王の微笑が宿っていた。

「!」

クルセイダースの目が大きく見開かれた。初めてその顔に感情が……動揺の色が見られた。
砕けたのは真江の頭ではなく、鉄棍の方だった。真江の額から伸びた短剣のような光が、ヌンチャクを破壊していた。
即座に戦術を組み直し、クルセイダースは次の手を打った。腕を振り下ろした勢いのまま身を捻り、真江の横面を目がけて回し蹴りを放った。
だが、遅かった。
蹴りは真江の頭上を通過した。この攻撃までを見越していたのだ。
前方へ倒れ込むように姿勢を低くし、真江はクルセイダースの懐へと飛び込んだ。
額の光が巨大化し、全身を包む。


「モノバニッシュ!!」


真江の姿が一振りの光の剣に変わり、クルセイダースを貫いた。アイの目にはそう見えた。
残光をまとった髪をたなびかせながら、真江が着地する。
クルセイダースの体に変わったところはない。……と思った次の瞬間、その右胸が破裂するように内側から裂けた。
噴き出した血のようなものは、真っ黒な砂だった。まるで穴を開けられた風船のように、少女の姿は一瞬で萎み、虚空に引きずり込まれるかのように消滅した。
残されたのは一握りの砂のみ。真江は、掌にすくい取ったそれを、忌々しげに見つめた。

「やはり、砂漠の星のデュナミス・サンド」
「あ、あの……」
「怖い思いをさせたね」

こちらを振り向いた時、真江の顔にはいつもと変わらない、穏やかな笑みが戻っていた。
しかしそれは、アイを余計に不安にさせた。

「今の人、どうなったんですか? ……死んだんですか?」
「生きる死ぬって言い方は適当じゃない。壊れた、かな。あれは人形だよ」
「人形?」
「デザート・マトンという。ここに」

真江は自分の制服の胸元を親指でとん、と突いた。

「セルダブという動力炉が埋まっている。人間でいう心臓。それを僕が壊した」
「……はあ」

アイは理解を諦め、あやふやな相槌を打った。

「それであの、さっきの……質問ですけど。どうして私が」
「うん」

少しだけ表情を引き締めて、真江はアイの目を正面から見つめた。

「君は、この世界にとって、少しだけ特殊な人間なんだ。だから、ある存在が君を狙っている」
「特殊な人間……ある存在……」
「君にとっては、きっと想像もつかない。途方もない話さ。この先、少しずつ説明していく。……とにかく、今日は帰ろう。もう暗くなる。途中まで送っていくよ」
「家に、帰って……大丈夫なんですか?」

不安を隠しきれないアイを、真江はそっと抱き寄せた。
つい先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない……甘く、柔らかな香りが、アイを包み込んだ。

「安心して。何かあればいつでも、すぐに駆けつける。僕が君を守ると言っただろう?」
「あ、ありがとう……ございます……」

真江の素性についても詳しく訊きたかったが、安堵とともに襲ってきた疲労がアイの思考を止め、口を閉ざした。
とにかく今は、真江の言葉を信じよう。
そもそもあんなものに狙われて、自力で身を守るのは無理だ。彼女に頼るほかはない。

「疲れたかい? おぶっていこうか?」
「いえ、せっかくですが、結構です……」

冗談めかした真江の言葉に、深々と頭を下げて応対するほど、アイの頭は鈍っていた。
どこからか、カラスの間の抜けたカア、カアという鳴き声が聞こえてくる。
いつの間にか、周囲には放課後の喧騒が蘇っていた。



フレッシュプリキュア! クロス†オーバーforU
第2話『黒須メイ』



ひとりきりの朝だった。
やけに広々と感じる室内で、窓から差し込む朝日に目を細めながら、アイはゆるゆると一人分の朝食を支度していた。三つの空席がある食卓につき、目玉焼きを乗せたトーストを無言でもしゃもしゃと食べた。
母は昨日から泊まり込みの、父と姉は早朝からの仕事で、アイが目覚めた時には誰も家にいなかった。今日に限って表もいやに静かで、朝から気分が暗かった。娘が、妹が大変なことになっているというのに、揃って家を空けるとは……薄情な人たちだ。まぁ、事情を説明しても信じてもらえるわけがないし、万が一巻き込むようなことになってはいけないと、真江から口止めされているのだが……。
それは仕方ないとしても、せめて今日ぐらいは、いてくれてもいいのに。
寂しさを紛らわせるために、思い切って「ハッピーバースデイ、トゥー、ミー」と口に出して歌ってみた。……さっきまでより、数倍寂しくなった。
制服を着て玄関に向かい、革靴を履いたところで、思わず「いってきます」と言いかける。
さっきのような空気を味わうのはもうたくさんだ。アイは無言でドアを開けた。涼しい風が吹き込んでくる。
十月十日。秋晴れの朝のことだった。


あの日から一週間。
アイは真江から少しずつ話を聞いた。日常とかけ離れたその内容を咀嚼するには、とにかく時間をかける必要があったからだ。神界の詳しい原理を説明してもらうだけで、二日もかかったほどだ。真江の方も、アイにどこからどこまで話すべきか決めかねているようだった。
二人が行動を共にするようになったことに、真江の取り巻きを含め、ほとんどの生徒は気づいていない。ゆきのたちは知っているはずだが、あれ以来、アイに絡んでくる様子はない。ゆきのの虐めからは解放されたものの、正直、今はそれどころではなかった。いつ人形が襲ってくるかと思うと、アイは気の休まる時がなかった。幸い、あれ以来襲撃はないが……。
もともと良い日になるとは思っていなかったが、最悪のさらに下、悪夢のような状況で迎える誕生日だ。
チャイムが鳴り響き、やがて担任が教室に入ってくる。

「はい、出席とるぞー」

今日も今日とて、変わり映えのしない日常は続いている。
自分と真江以外、この学校にいる誰ひとりとして知らないのだ。日常からほんの薄皮一枚を隔てた世界で、恐ろしい戦いが繰り広げられていることを。
もしかしたら、このことに気づいている“人類”は、本当にアイただひとりなのかもしれない。そう、真江の口ぶりからすると、危険に晒されているのは自分だけなのだ。この辺りで人がいなくなったとか、建物が壊れたとか、そんな事件を聞くこともない。
結局は自分だけが、知りたくもないことを知らされ、とんでもなく厄介なことに巻き込まれてしまった。

「ひえー、宿題忘れたーっ!」

悲鳴の聞こえた方に目を向ければ、隣の席で桃園ラブが頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら、体を後ろへ大きく反らせている。
周囲の生徒たちに笑いが広がっていく。呆れ果てるほどに普通な、日常がそこにある。アイはというと、苦笑いをする気力すらなかった。
終業後、帰り支度をしながら携帯を見たアイは、メールの着信に気づいた。
差出人は白馬真江。

『放課後、いつもの店で。』


***


今日もアイは来ない。雨音にはそれが、なんとなくわかっていた。
彼女は知っていた。真江がゆきのたちからアイを救う現場を、その目で見た。それ以来、アイと真江が人目を盗んで行動をともにしていることも。
午後から天気は徐々に傾き、放課後になる頃には雨が降り始めていた。
薄暗い部室の中、雨音はひとり黙々とカメラのレンズを磨いていた。窓を伝う水滴が室内にどろどろと影を落としている。
こうしてカメラを手入れしていると、いつも心が落ち着いた。しかし、今日ばかりは、そのまじないも効果がなかった。
あの日見た光景……泥だらけのアイと、手を差し伸べる真江の姿が、頭の中でぐるぐると回り続けていた。
本当なら、自分が。
雨音は叫びたい衝動を抑えた。


雨音がゆきのたちに怒りをぶつけようとした時、それを懸命に押しとどめたのはアイ自身だった。
後輩の雨音がアイの味方をし、上級生に刃向ったりすればどうなるか。「自分のせいで雨音までが苦しむのは、何よりも辛い」。アイに涙ながらに訴えられ、雨音は言うことを聞くしかなかった。
どんなに悔しくても、アイとの約束通りに手を出さなかった。
そしてすべてが過ぎ去ったあとは、ボロボロになったアイを抱きしめてやった。
約束を守っていれば、アイは雨音の胸に帰ってきてくれる。自分はアイを必要とし、アイもまた自分を必要とする。
それが雨音とアイの絆だった。
しかし、突如現れた白馬真江はその関係をあっけなく破壊した。
確かに、真江と自分では学年が二つも違う。生徒間での地位も、容姿の美しさも、天地の差がある。でも……でも。


――でも、アイは私のものだったのに。


ざわりと、おぞましい鳥肌のようなものが、燃え盛る炎のようなものが、雨音の背中から頭へと駆け上った。
“何か”が、雨音の体を大きく突き動かした。
弾かれたように席を立つと、雨音は机の引き出しを勢いよく開け放った。衝撃で机に並んでいたレンズが落ち、床を転がる。
引き出しの奥から取り出した写真の束を、雨音は机の上にぶちまけた。
雨音が撮影した、アイの姿の数々。そのどれもが、永遠に続くはずだった二人の関係、日常の一瞬を切り取ったはずのもの。今その“日常”は、小さな紙片の内側に閉じ込められているようだった。
雨音はペン立てから引き抜いたカッターナイフを握り締めた。チチチッという音とともに、スライドした刃が先端から顔を出す。
机を傷つけるのも構わず、雨音は机の上の写真を目がけて、めちゃくちゃにカッターを走らせた。
ぶれた刃が、机についた左手の指を掠める。白い肌にぷつぷつと赤い水玉が膨らんだ。
その程度の痛みなど、もはや気にならなかった。雨音の瞳から湧き出る、血よりも熱く、どす黒い情念に満ちた雫が、その手元でぼたぼたと雨音を立てていた。


――そう……それでいい。


自らの手で切り刻まれた“日常”を俯瞰し、肩で息する雨音の耳元で、満足そうに囁く者があった。


***


「魔人とは、“皇帝”によってその魂に邪悪な力を刻み込まれた存在。そうでない、他のあらゆる生命に対する脅威。生まれながらの魔人も、他の種族から変じたものも、皇帝には絶対の忠誠を誓い、その意に沿って働かなくてはならない」


クローバータウンストリート。アイの家からほど近い場所にある、四つ葉町を象徴する商店街である。魚屋、駄菓子屋、花屋など、いくつもの個人商店が軒を連ね、和やかな雰囲気が漂う一方、住民たちの放つ活気に溢れている。
その一角にあるオープンテラスのカフェ。放課後、一度帰宅したアイは、私服に着替えてこのカフェで真江と落ち合う。
学校周辺ではどうしても取り巻きに捕まってしまうため、人目を避けてゆっくり話ができる場所として真江が提案したのはここだった。あまり繁盛はしていないようだが、そのぶん小奇麗で、落ち着いた雰囲気が漂っている。
控えめな音量でクラシックが流れる店内。薔薇の絵が飾られたテーブルに二人は座っていた。今日は雨のせいか、テラス席の方には客の姿が見えない。
この日のアイは白のパーカーにジーンズ、スニーカーという格好。真江の方はというと、白のワンピースの上から黒のライダースジャケットを羽織り、足にはキャメルブラウンのロングブーツを履いていた。胸元には馬の横顔を象った銀のペンダントが光っている。
アイの服装との対比のせいもあるが、私服に着替えた真江は普段に増して大人びて見えた。毒気にも近い強烈な色香に、同性の身でさえ、面と向かうと頭が痺れてしまいそうになる。
いつも通りにアイはアイスティーを、真江はホットココアを注文する。初めて二人でこの店を訪れた時は、“白馬の女王様”のイメージにそぐわないオーダーに少しだけ驚かされた。そんなアイの心情を読み取ったかのように、真江は「甘いのが好きなんだ」と言ってやや恥ずかしそうに笑っていた。


「今のこの世界は、皇帝が望んだものだ。だが、アイには世界を覆す鍵となる可能性がある」
「だから魔人に狙われるってことですか」
「ただし、今のままなら君が鍵として覚醒する可能性は皆無に等しい。万が一にでもそうならないように、僕が見守っている」
「あ、ありがとうございます……」
「学友として、当然のことさ」

どこまで本気なのか、真江はコップに白い指を絡めながら、ふふ、と笑った。
この数日間、かなりの時間を真江と二人きりで過ごしたはずだが、それでも彼女の素性については謎だらけだった。
華々しい学園の女王。毒々しい色気。少女のあどけなさ。人智を超越した魔界の獣。
月の満ち欠けのように、真江が見せる数多の表情。そのどれが彼女の真実なのか。あるいはすべてが偽りに過ぎないのか。

「先輩も魔人なのに、皇帝に背いて、仲間と敵対してまで、私を守ってくれるんですか」

白馬真江は人間ではない。しかし、アイを守るために戦ってくれる。
そこまではいい。わからないのは動機だった。

「君を狙うのは皇帝の命令ではない。ある魔人の独断だ。奴のしていることは、不要に世界を荒らしているのと変わらない。僕は僕なりのやり方で皇帝への忠義を果たしているのさ」

元凶である“奴”の姿を思い描いているのか、宙を見つめる真江の目が少し険しくなる。

「それに、約束がある」
「皇帝と?」
「……いや、ある女の子とだ」

ぽつりと呟いた真江は、今までに見たことのない表情をしていた。
それはほんの一瞬だったが、アイは焼きつくように忘れがたい胸騒ぎを覚えた。
真江が初めて見せる翳(かげ)り。自分を一瞥した視線に、内包された悲しみと痛み。

「さて、君を狙っている魔人……あの人形を操っていた存在について、詳しく教えておこう」
「は、はい……お願いします」

真江は自分を通して他の誰かを見つめていた。アイにはそんな風に思えた。
“約束”について真江が語るとすれば、ずっと先のことになる。あるいは、永遠に語られることはない。同時にそう直感していた。


***


――もっと。もっとだ。


声の促すまま、雨音の手が動いた。戸棚にあった紙袋を掴み、机の上に叩きつけた。
横倒しになった袋の中から、赤いものが覗く。
瞬間。
雨音は、唐突に我に返っていた。


「……あ……れ」

力の抜けた右手から、カッターナイフがずり落ちた。切り刻まれた何枚もの写真、血の滴る指先を見て、別人がしたことのようにショックを受けた。
魂を抜かれたように、よろよろと椅子へ座り込む。

「私、何をやってたの?」

雨音は額に滲んでいた不快な汗をぬぐい去り、大きく深呼吸をした。

「……あーあ、バカだなー」

涙の流れた跡を指でこすり、苦笑しながら、今自分が引き裂こうとしたもの……机の上に横たわる紙袋の中身を見つめた。

「ひとりで自暴自棄になってもしょうがないよね。今日でなくてもいい、ちゃんとアイと話をして、事情を訊いてみよう。……こいつといっしょに」

中身をそっと戻すと、雨音は小さな紙袋を愛おしそうに抱きしめた。


――なぜやめる?


「え……」

部屋の中で、自分以外の何者かの声がはっきりと聞こえた。
周囲を見回すと、鏡に映った自分と目が合った。
正面にある本棚のガラス扉に、薄暗い部室が映り込んでいる。机の向こうからこちらを見ている、自分自身の姿も。
……おかしい。
何かが、変だ。

「……」

雨音は目を凝らし、違和感の正体を探った。
そして次の瞬間、血の凍るような戦慄を覚えた。
……なぜ、自分は笑っている?
いや、自分は笑ってなどいない。目を見開き、結んだ唇はかすかに震えている。
……なら、鏡に映っているあれはなんだ?
目を細め、赤く裂けた口をぱくぱくと動かしている。
……あの女は、誰だ?


「キャアアアアアアアアアア!!」


悲鳴を上げた雨音の口を、女の白い手が塞いだ。
鏡の中から抜け出した、もうひとりの雨音がそこにいた。

『この姿は、お前の心を映した鏡。お前の憎しみ、苦しみ。私にはすべて、手に取るようにわかる』

ガラスに映り込んだ鏡像を媒介にして現れた“それ”は、雨音とまったく同じ顔、姿形をしていた。にも関わらず、もうひとりの雨音の声はしわがれた老人のようで、それもまた恐怖に拍車をかけた。
間違いない。いま目の前にいるのが、先ほどの声の主だ。
雨音の鼻先まで顔を近づけ、“それ”は笑いながら語り続けた。

『私こそが真実だ。愛などはまやかし。お前の胸を刺した、痛みだけがまこと』

体を押さえつけられ、恐怖に震えながらも、雨音は首を横に振った。

『ふん。表の顔を隠せば、おのずと心の核が露わになるのだ』

女の手が赤く光ると、その中から白い仮面が現れ、雨音の顔を覆い隠した。
視界を闇に閉ざされると同時に、胸を激しい痛みが貫いた。

「い……いやあああああああああああああっ!!」

仮面を掻きむしり、雨音は絶叫した。
その声すら呑み込むように、仮面の内側から黒い煙のようなものが噴き出した。
雨音の周囲を取り巻いた黒煙は、彼女の体ごと窓をすり抜け、外へ飛び出していった。


『我が下僕、“イタイナー”よ。その痛み、存分に吐き出すがいい』


切り刻まれた写真が紙吹雪のように舞い踊る中で、もうひとりの雨音は狂ったように笑い続けた。


***


「“ミミック”の魔人……?」
「そう。魔人“ミミック”カミーラ・ドーベル。また、“シャドウ・マイスター”という異名も持っている」


真江によれば、かつては相当に強い魔人だったが、今では力の大半を失っているらしい。それゆえ、手足となって動くクルセイダースを造り出したのだという。
アイは自分が“鍵”とされる理由についても詳しく聞くつもりだったが、その前に済ませておきたいことがあった。

「あの……ちょっと、いいですか?」
「何だい?」
「これから部室に行きたいんです。先輩も一緒なら、少しくらい大丈夫ですよね?」

雨音に危険が及ぶのを避けるため、この一週間、彼女とは距離を置かざるを得なかった。
急に部室へ顔を出さなくなったアイを心配して、雨音は何度も連絡をよこした。しかし、アイとしては事実を説明するわけにもいかず、その場しのぎの嘘を並べることしかできなかったのだ。
雨音のことだ、自分の嘘をとっくに見抜き、そしてまた心配を募らせているに違いない。アイはそれが心苦しかった。
真江が許すなら、事情を洗いざらい話したい。
雨音なら、きっと信じてくれる。その確信もあった。

「わかった。いいよ」
「あ、ありがとうございます!」

喜んでお辞儀をするアイの姿を見て、真江は嬉しそうに微笑んだ。

「君にとって、すごく大事な居場所なんだね」
「……はい。居場所っていうか、友達、ですけど」
「ずっと君を見てきたけど、そんな笑顔は初めてだよ」

アイは心を見透かされたようで恥ずかしかったが、不快ではなかった。
雨音がいてくれることは、自分にとっての支えであり、誇りだから。
残っていたコップの中身を飲み干すと、二人はすぐに店を出た。


***


雨は上がったものの、空には依然として厚い雲が覆い被さっている。
学校へ向かう道の途中で、ふと真江の足が止まった。

「先輩……?」

一拍遅れてアイも異変を感じ取り、表情を険しくした。

「これって、あの時と同じ」
「ああ。誰かが神界を展開した」
「先輩じゃないんですか?」
「今度は敵の仕業……それも、神界を張れるとなると将軍級の魔人だ。おそらくは、カミーラ。奴が近くに来ている」

黒幕であるカミーラ自らの襲撃。
前回のように一筋縄ではいかない。それはアイにも容易に想像できた。

「私は、どうすればいいですか」
「……一緒に来てくれ。奴を倒せる機会はそうない。危険だが、アイも僕の手の届くところにいた方がいい」
「わかりました」

怖くないはずがなかった。しかしそれ以上に、言い様のない胸騒ぎがアイの背中を追い立てた。
静寂の中、学校の方角から禍々しい気が流れてくるのがはっきりとわかる。
嫌な……予感がする。

「雨音……!」


雨上がりの校庭。グラウンドのあちこちに泥水が溜まり、鏡のように曇り空を映している。

「カミーラだけじゃない。何か、別の気配を感じる」
「またあの人形ですか?」
「いや、これは……」

雷鳴のような足音が大地を揺らした。水溜りのひとつひとつに無数の波紋が広がる。
神界によって現世から切り離され、沈黙した校舎の向こうから、黒い巨体がゆっくりと姿を現した。
二階建ての家ほどもある体高。人間に似た四肢を持ってはいるが、上半身が異常に発達し、ゴリラのような体勢で歩いてくる。体のあちこちに巻かれた白い包帯を、背後にズルズルと引きずっていた。
首や頭部は無く、ただ人間の首の付け根に相当する部分に一枚の白い仮面が張りついている。両目と口を縫い合わされたような、ミイラの顔面を思わせる不気味なデザイン。また、そこが“顔”であることを証明するかのように、仮面の目元からだらだらと流れ落ちるものがあった。
赤い液体――血。血の涙。
滴る涙を受けた路面が、白煙を上げて溶けている。不気味なだけでなく、強烈な酸性を備えているらしい。

「まさか。しかし……」
『そのまさか、と言っておこう。ベネディクトゥス』

怪物の肩に、小柄な少女が腰かけていた。
桃色の制服は四つ葉中学校のものだ。その顔を見て、アイは驚きのあまり声を出した。

「雨音!?」

姿は雨音と瓜二つだが、真江に語りかけた声は年老いた男のものだった。

「あれは本物の彼女ではない。鏡像だ」

言われてよく見れば、雨音がいつも頭の左側につけている髪飾りが、反対側についている。

「雨音じゃないとしたら、いったい……」
「奴こそがカミーラ・ドーベルだ」
「え!?」
「魔人皇帝に仕える七人の将軍のひとり……かつて英雄が振るった “魔剣”によって滅ぼされたが、その魂は現世の鏡の中に残り続け、他者の鏡像を器として実体化する」
『丁寧な説明、ご苦労なことよ』

音もなく地上に降り立つと、鏡像と呼ばれた少女は挑発的な口調で言った。
明らかに雨音のものとは異なる、邪悪で酷薄な笑みを浮かべながら。

「今度は君が説明する番だ。なぜ、ここにこんなものがいるのか」
『ふん。お前のご想像通りだろうよ』

嘲笑うカミーラと対照的に、真江の表情はさらに険しくなっていった。

「アイ、今度のことは思ったよりも重大な事態かもしれない」
「え? え?」
「あの怪物は本来、同じ七将軍のひとり、リオーレ・カーメンの尖兵……つまりこれは、カミーラの独断ではないということだ」
「すみません、ちょっとわからないです!!」

次々と流れ込む新たな情報に、アイの頭が悲鳴を上げる。
しかし、真江にもこれ以上丁寧な解説を加える余裕はないようだった。

「ひとつだけ教えてもらう。君の鏡像……その、本来の持ち主はどこだ」

真江の問いに、カミーラは一層高く唇の端を吊り上げ、白い歯を覗かせた。
ぞっとするような表情だった。

『百聞は一見にしかず、だ』

彼女(彼?)が手をかざすと、怪物の胴に巻かれた包帯がほどけ、腹部が露わになった。黒い四肢と異なり、胴体はガラスのように透明になっていた。
そこには、一人の少女が胎児のように体を丸めて収まっていた。
……柊雨音。

「雨音っ!?」

悲鳴に近い声でアイが叫んだ。傍らで真江が歯噛みする。

「カミーラ……君は」
『選ばせてやろうじゃないか。彼女を殺すか? それとも、彼女に殺されるか?』


イタイナァアアアアアアアアア!!


カミーラの高笑いを合図に、“イタイナー”は猛然と襲いかかってきた。


***


イタイナーは核として取り込んだ人間、柊雨音の心の“痛み”を吸収、増幅してエネルギー源とする。
混乱するアイを背に、真江は巨大な怪物を正面から迎え撃った。

「先輩……雨音は、雨音は……!」
「死んではいない。死なせるわけにはいかない」

真江は自分の迂闊さを悔いていた。
カミーラがアイの親しい人間を狙ってくることは予想できたはずだ。


イタイ……イタァアアイィィイイイ……!!


イタイナーの振り回す両腕、そして両目から撒き散らされる強酸の涙をかわしながら、上半身に飛び蹴りを打ち込む。
炸裂音が大気を震わせ、巨体がふらふらと後退る。

(さて……どうすればいい)

イタイナーを倒すことは難しくない。だが、核とされた柊雨音を救うとなると話は別だ。
アイを守るため、矢継ぎ早の攻撃でどうにか牽制してはいるが、それではいつまで経っても根本的な解決にはならない。


イタイ……ナァアアアアアアアアア……!!


攻撃を受けたイタイナーの涙が飛び散り、真江のジャケットから異臭を放つ煙が上がった。

「雨音、やめて!」
「アイ、来ては駄目だ!」

アイにはこれ以上黙って見ていられなかった。
自分のために真江が傷つこうとしている、だけではない。イタイナーの叫び声はそのまま、救いを求める雨音の悲鳴だったからだ。
真江の言葉に背き、アイはイタイナーに駆け寄った。

「逃げろ!」

アイは逃げなかった。イタイナーを迎え入れるように両手を広げ、声の限りに叫んだ。


「雨音!!」


イタイナーがアイの頭上に腕を振り上げた時、飛んできた白い何かが、その鼻先を掠めた。
フリスビーのようにくるくると回転しながら宙を滑る、それは白い大きな帽子だった。
そしてイタイナーの注意が逸れた瞬間、アイとの間に、割り込むように走り込んできた何者かがいた。

「メイさまっ!!」
「わ!?」

その勢いのまま地面を蹴って、何者かはアイの脇腹へと突っ込んだ。
一瞬遅れて、イタイナーの拳が大地を砕いた。


「い、たたたたた……」

濡れた砂利と泥水にまみれながらアイが身を起こすと、その胸元にひとりの少女が覆い被さるように倒れていた。
アイを庇ってイタイナーの攻撃に身を晒したのだ。

「だっ、大丈夫ですか!?」
「……いだい……」

アイに抱き起されると、少女は両目を閉じたまま小さく呻いた。
小柄な体に、四つ葉中学校のものではない藍色の制服を着ている。先ほどの帽子も、おそらく彼女が投げたものなのだろう。傍らに転がっている、クマのようなピンク色のぬいぐるみ……これも彼女のものなのだろうか。

「あの子は……?」
『神界に、介入してきたというのか』

突然の闖入者に、真江も、カミーラも、驚きを隠せていなかった。

「ねえ、しっかりして!」
「あう……こ、これを……」

震える手で少女が差し出したのは、小さな金色のリングだった。
アイの右手の薬指にそれをはめると、少女は力尽きたかのようにぐったりと頭を垂れた。

「ちょ、ちょっと!」
「あなたなら、救えます……あなたが、この世界に残された、最後の……」
「え、なに!?」

アイに肩を揺さぶられながら、少女はうわ言を呟き続けた。

「最後の、プリきゅ……」
「もしもし? もしもし!」
「きゅう~~……」

気を失った少女を地面に横たえながら、アイは自分の右手が熱を持っていることに気がついた。少女がはめた金色のリングが、まるで生きているかのように、熱い。
そういえば指に通った瞬間、輪が吸いつくように収縮した感触があった。体の一部になったかのように。まるで、ずっと以前からそこにあったかのように。


――……こえる……。


その時。
右手を通して、アイの頭の中に声が鳴り響いた。

――聞こえる? ……聞いて!

どこかで聞いた覚えのある声。
それは、アイ自身の声だった。

――その指輪を、左胸にかざして。心の波動を合わせて。私と。

「えっ……!?」

――……クロスオーバーを!

「待ってください……あなたは……」

知っている。
私は、この人を知っている。いや、知っていた。
どくん! と脈打った己の心臓に、アイは恐る恐る右手を伸ばした。

「あなたは……誰?」

――私は――



――私は、黒須メイ。



周囲の大気が空間ごと逆巻き、甲高い唸りを上げた。それは産声のように聞こえた。
真江とカミーラは、その渦の中に次元の地平が開くのを見た。二人にとって、それは初めて見る光景ではなかった。
嵐が過ぎ去った時、黒い衣に身を包んだ少女がそこに立っていた。

「アイ……いや……」

真江の表情は悲愴に満ちていた。溢れ出しそうな何かを、必死に押しとどめているようにも見えた。

『面白いことがあるものよ』

そしてまた一方ではカミーラが、憤怒と憎悪、そして驚愕と歓喜とが入り混じった声で、誰にともなく呟いていた。



『まさか、本当に帰ってくるとはな……キュアグレイブ』





つづく


******


次回、フレッシュプリキュア! クロス†オーバーforU
第3話『アイある印』

おたのしみに。





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テーマ : プリキュア
ジャンル : アニメ・コミック

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更新お疲れ様です!

真江さんの鮮やかな戦闘、雨音ちゃんの暗い部分など、アップダウンの激しい感じの印象を持ちました。夢中になって読み進めてしまいましたw

そしてそして、終盤にはグレイブさん登場!真江さんの口ぶりからも、ひっじょうに次回の展開が気になります。

アイちゃんのまさかの名前被りなどもありましたがw 大丈夫!公式でも「あかね」で被ってますし!w アイちゃんの弱々しい感じは、ヤネさんのキャライメージからは離れている気がしますが、それもまた新鮮に映って楽しいです(・∀・)

次回も楽しみにしております!更新お疲れ様でした!

コメントありがとうございます!

>我さん

魔人の真江が味方として戦うことや、雨音のちょっとダークな描写などは、『フレクロ』ではできなかったことですね。
前作では魔人を絶対悪としていたし、本家フレプリと濃く絡む以上あんまり病んだ描写もできなかったので…
今回はOVAみたいなものでしょうか?w

最後でやっとプリキュアが出てきましたが、出てきただけですw
これも『フレクロ』ではやらない展開だと思います。

あっちのアイちゃんが人間離れしたキャラなので、名前被りはあんまり気にしてはいないんですけど、紫藤アイのうまい動かし方がまだ全然つかめてないですw
メイとまるで違う性格の主人公を据えたことで新鮮になってるのは確実なんですけど、アイの魅力が出せるかどうかはこれからですね。

次回もよろしくお願いします!!
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Author:ヤネ
フレクロF、今度はイニシャルWW編です。

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