クロスオーバー! フレッシュプリキュア!クロス†フューチャー 砂漠編・チャプター5

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フレッシュプリキュア!クロス†フューチャー 砂漠編・チャプター5

フレッシュプリキュア!クロス†フューチャー ~時の砂漠のプリキュア~
チャプター5『影の帰る場所(後編)』




 一輪の花が揺れていた。
 青い花弁が、怯えるように震えていた。
 少女はゆっくりと視線を起こす。足元の花から、遥か荒野の先へ。
 地平線を埋め尽くして、黒い津波のような何かが押し寄せてくる。
 砂漠の使徒の尖兵、スナッキー。一体一体の戦闘能力は低いが、侮れば命取りとなる。彼らの武器は無限の物量だ。
 荒れ狂う群れが少女に迫る。しかし、彼女は一歩も動かない。恐怖がその小さな体を縛りつけているのだろうか。
 ――否、
「プリキュア、オープンマイハート」
 少女は胸から提げていた銀貨のようなものを外し、額の前にかざしながら呟いた。
 青い閃光が瞬いたかと思うと、大地がめくれ上がるかのようにスナッキーの群れが一斉に吹き飛んだ。
 少女は戦士へと変わっていた。長い髪が翻ったかと思うと、その姿は残像を置き去りにして異次元の領域まで加速した。
「――ブルームーンソニック」
 “こころの大樹”に選ばれし戦士キュアブルームーンは、加速状態から抜き放つ手刀によって、三日月型の真空波を発生させることができた。触れるものの全てを寸断する、無慈悲な月の刃を。
 そこからは嵐だった。
 もがきあがく黒い竜巻を、青い稲妻が何度も何度も切り裂いた。
 悲鳴と雷鳴。豪雨のように降り注ぐ砂しぶき。それはもはや、戦いなどと呼べるものではなく――。
 やがて、動くもののいなくなった荒野で、少女の髪だけがさらさらと血なまぐさい風に揺れていた。
 大地にはうず高い漆黒の山が築かれていた。屍の山であった。
 その頂点に立つ彼女は、一切の表情を持たなかった。まるで鉄でできた仮面のように。
 少女の足元で風に逆らっていた小さな青い花は、今や砂に埋もれてどこにも見えなかった。

 キュアブルームーンは、強力なプリキュアだった。しかし、その強さは内面の弱さの裏返しでもあった。
 キュアブルームーンは、負けを知らなかった。しかし、それでも彼女はさらなる強さを求めた。
 己の秘めたる弱さを覆い隠すために。貪欲に、盲目に。

 デザトリアンは、砂漠の使徒が人間のこころの花を材料として造り出す怪物である。この恐るべき侵略兵器も、キュアブルームーンの前ではことごとく蹂躙されるばかりだった。
 プリキュアの戦いは連戦連勝を重ねていた。
 しかし、
「ブルームーン。あなた、最近おかしいわ」
 ブルームーンとほぼ同時期に選ばれたプリキュア、キュアレッドサンは、彼女の戦い方に疑問を抱いていた。
 つい今しがたデザトリアンが倒された、夕闇の忍び寄る神社の境内で、ふたつの影が向かい合っていた。小柄な少女のシルエットはブルームーン、長身の女性はレッドサンである。
「あなたは強い。けれど、今のあなたにはプリキュアにとって重要なものが欠けている。それは、優しさよ」
 侵略兵器とはいえ、デザトリアンの核は人間の心。それも、救いを求める弱りきった心なのだ。
 デザトリアンを浄化し、慈愛によってその心を癒すことがプリキュアの本来の役目であるはずだった。だが、このところのブルームーンはフローラルパワーを使うことすらなく、タクトに漲らせた攻撃エネルギーで強引にこころの花を抉り出すような戦法ばかりをとっていた。
 これでは、たとえデザトリアンの内部から解放されたとしても、心に傷を残してしまう可能性がある。
「あなたはプリキュアの使命を見失っている」
 レッドサンの言葉に、ブルームーンは鉄仮面のようなその表情を崩した。怒りの形相だった。
「私の使命は地球を守ることだ。浄化などという生易しい方法をとっているから、三百年もかけてなお砂漠の使徒を滅ぼすことができずにいるのがわからないのか」
「地球を守る? 敵を滅ぼす? 私たちのすべきは、人の心を守ることよ」
 レッドサンもまた、いつも花のように温和な表情を険しくしていた。
「レッドサンの言うとおりかな!」
「ブルームーンはやりすぎかも!」
 ぬいぐるみのような二体の妖精がレッドサンの両肩から顔を出して言った。
 パルフとプロフ。それぞれブルームーンとレッドサンのパートナー妖精である。
 しかし、彼女らもブルームーンの眼光に晒されると途端に萎縮してしまった。
「心を守る? その心が軟弱なせいで侵略を許すのだ。他愛のない理由でこころの花を枯らし、むざむざ敵の尖兵と化すような連中には、裁きの鉄槌をくれてやる必要がある」
「ブルームーン……」
 レッドサンの瞳に溜まった涙を見て、ブルームーンは我に返った。
「すまない」
 その表情は再び仮面のような静けさを取り戻したが、どこか悲しげに見えた。
「私は、戦いを一日でも早く終わらせたいのだ。お前が、その――心置きなく、嫁げるように、な」
「ありがとう」
 レッドサンは背を向けたブルームーンをそっと抱き寄せた。
 ブルームーンより五つ年上のレッドサンは、学生時代の恩師との結婚を控えていた。

 数週間後、未明。町を見下ろす高台に二人のプリキュアと双子の妖精が集っていた。
 やがて地平線から朝日が昇り始め、青く澱んだ夜闇を駆逐していく。
 その光景を――守るべき世界の姿を胸に刻み、ブルームーンは己を鼓舞した。
「行くぞ、パルフ」
「まかせるかな!」
「お願いね、プロフ」
「がんばるかも!」
 二体の妖精は光のマントに変幻し、プリキュアに飛行能力を与える。
 衛星軌道上に陣取った砂漠の使徒の移動要塞を叩き潰すため、全ての決着をつけるため、ブルームーンとレッドサンは宇宙へ向かおうとしていた。
 朝焼けの空を、青と赤、二つの光が並んで飛んでいく。
 プリキュアの力は凄まじい。物理法則をものともせず、雲を突き抜けてさらに加速する二人は、程なく成層圏まで到達した。
 頭上にもはや空の青はなく、暗黒の宇宙空間が広がっていた。
 だが、妙だ。星のひとつも見えない――真の暗黒がそこにある。
「ブルームーン!? 違うわ!?」
 レッドサンの悲鳴じみた声が響く。
 漆黒の巨大な何かが、星の光を遮っている。
「なんだ、こいつは……」
 さしものブルームーンもその異様な存在に圧倒されていた。
 宇宙を背にして漆黒の巨大な鳥が翼を広げている。翼長は50メートルほどもあろうか。巨体のあちこちから、人間の呻き声のようなものが聞こえてくる。
「今までに倒したデザトリアンの集合体……!?」
 よく見れば、鳥型を構成しているパーツはみな二人が過去に戦ったことのあるデザトリアンだった。それも、ブルームーンが手荒な手段で倒したものばかり――ブルームーンに対して潜在的な恨みを持つこころの花を再び掻き集め、造り出されたのがこの合体デザトリアンなのだ。
 それこそは砂漠の使徒の大幹部、ドクトル・マミーラの手による対プリキュアの切り札だった。
「一度退きましょう。ローズの力も必要だわ」
「必要ない」
「ブルームーン!」
 二人には後輩にあたるプリキュア、キュアローズがいた。まだ未熟だが才能に溢れたローズを、ブルームーンは足手まといとしてこの戦いに連れてこなかった。
 二人だけで十分に砂漠の使徒を殲滅できる、その確信があったからだ。
「私とお前だけで……十分!」
 フラワータクトに青い閃光をまとわせながら、ブルームーンはデザトリアンの懐へと一気に飛び込んだ。タクトの切っ先が黒い体に突き刺さる。――しかし。
「なにっ……」
 デザトリアンはそのダメージをものともせず、タクトごとブルームーンの体を弾き飛ばした。
 各部に宿るこころの花がブルームーンの力に反応し、それを超える憎悪のパワーを発揮するのである。
 回転しながら落下していくブルームーンの胴体に狙いを定め、デザトリアンは鋭い嘴を突き出しながら急降下していく。
「させないわ! レッドサンディフェンサー!」
 両者の間に割り込んだレッドサンがエネルギー盾を展開した。嘴の突撃を受け、赤いバリアが軋む。
「駄目だ……レッドサン!」
 落下しながらブルームーンは頭上へ手を伸ばした。だが、指先がレッドサンの体をかすめるだけに終わった。
 そして目の前で盾が砕け散り――レッドサンの体を、嘴が刺し貫くのを見た。
 ブルームーンは叫び声を呑み込み、マントを広げて急制動をかけた。体勢を持ち直し、レッドサンのもとへ全速力で飛び上がる。
 頭上では大穴の開いたレッドサンのマントが光の粒子となってほどけ、風に吹き飛ばされつつあった。それは妖精プロフの死を意味していた。彼は最期までパートナーの傍を離れなかった。その意志に、報いなければならない。
 ――今なら。今ならまだ、間に合う――。
 しかし、あと一歩という瞬間、ブルームーンのマントが無残に裂けた。背中から全身に激痛が走り抜け、無数の赤い雫が宙を舞う。パルフの断末魔が耳元で木霊した。
 背後から襲ってきたのは巨大な鍵爪の一撃だった。敵は一体ではない――デザトリアンはもう一羽いたのだ。
 光のマントが消滅していく。妖精と飛行能力を失ったブルームーンは、落下方向に向けてプリキュアの力を噴射することで辛うじて摩擦熱に抗った。地獄のような灼熱だが、耐えきれない状況ではない。ただし、それは自分に限った話だ。
 同じように妖精を失い、落下の只中にあるレッドサンは――もはや生死さえわからない彼女は、まったくの無防備のまま大気圏を突き進んでいく。重力による加速は凄まじく、その姿はすでに肉眼で捉えられる限界に近かった。
 そして、遥か彼方に揺れる小さな黒い点が、マッチの先端のようにポッと火を放つのをブルームーンは見た。それはまるで流星のように一瞬の炎の尾を引いて、あっと言う間に海原の青に溶けていった。
 ブルームーンは叫んだ。叫んで、叫び続けて、やがて衝撃とともにその全身を水が包み込んだ。
 暗く冷たい海中をどこまでも沈んでいく。まるでこのまま死者の国まで落ち込んでいくかのように。
 しかし、自分は生きている。生きているなら、やらねばならないことがある。
 もっと――もっと大きな、力が要る。



『そこからはブルームーンだけでなく、私自身の記憶でもある。ブルームーンは、自分の弱さを駆逐するためにさらなる力を――伝説の“キュアミラージュ”を手に入れるため、半ば強引に押し入るような形でプリキュアパレスの試練の間へと足を踏み入れた。その時、私は生まれたのだ』

 キュアウッドが見守る中、映像の中の少女は語り続けた。

『彼女は自分の心の影を育て過ぎた。ブルームーンの影から生まれた私は、本物の彼女に打ち勝つどころか、有り余る力によって、その命までも奪ってしまった』

「そんな……」
 ウッドは絶句していた。
 キュアブルームーンは、自分の心に殺された。
 つまり、サボールとは――。

『ブルームーンと入れ替わりに試練の間を抜け出し、実体を得た私は、帰る場所のないことを知った。プリキュアを殺した、邪悪なるミラージュプリキュア……その行き場所は、砂漠の使徒以外になかった』

 一通り独白を終えると、彼女はあらためて鉄仮面を画面に向けて見せた。

『私の意識が今のままであるうちにこの記録を残す。仮面によって精神と肉体を変容させることは、当然かなりの危険を伴う。だが、私はやらねばならない。私を生み出したプリキュアと、人間の心に、その報いを――』

 少女の声はそこで途切れ、二度と再開することはなかった。映像を投射していた仮面の目から光が消え、完全に砕けて砂に変わった。
「よくも私に、醜い心と姿を思い出させてくれたな」
 両手で顔を覆ったサボールは、指の合間から憎悪に燃える視線をウッドに向けた。
「サボール……あんた、もうやめろ」
 ウッドは悲痛な表情を浮かべていた。
「全次元の王だの何だの、みんな出鱈目じゃないか。……プリキュアを消したら、プリキュアから生まれたあんたも消えてしまうはずだ。そんな復讐に何の意味が」
「意味だと? 馬鹿め」
 サボールは吐き捨てるように言った。
「私の生に意味を持たせるものなど、復讐以外にありはしない。守るものも、帰る場所もない私にはな」
 怒りの表情がみるみる鉄仮面にように冷えていく。
「だが今は感謝しなければならんな。お前たちの甘い心のおかげで、私はついに目的を達した」
 サボールが玉座に備えつけられた操作盤に触れると、ウッドの足元の床を囲うように赤い光の円が浮かび上がった。
「!? サボールッ……」
 ウッドの声が途切れて消える。円の内側に開いた穴が、一瞬にして彼女を飲み込んでいた。

 闇の底に吸い込まれる感覚を味わったあと、突如として眼下に現れた赤い砂の海へと、ウッドは頭から突っ込んでいた。
 慌てて顔を出し、ぶるぶると砂をふるい落とす。
 辺りを見回すと、そこはピラミッドの向かいにそびえる砂山の上だった。
 どうやらサボールによって強制的にここへ転移させられてしまったらしい。すぐ隣には同じように落下してきたと思われるアックスタンバリンが垂直に突き刺さり、その向こうに暗黒淵王やキュアマスカーが倒れているのが見えた。ふわふわと舞い降りてきたディメンジョンハットが、仰向けになった王の顔にちょうど被さるところだった。
「王、しっかりして……そうだ、マスカー!」
 ウッドは砂に足をとられながら横たわるマスカーに駆け寄り、両肩を揺さぶった。
「起きて! 装置はどうなったの!?」
「……かふ~」
 マスカーはひなたぼっこ中の猫のように幸福感に満ちたあくびをすると、ごろりと寝返りをうった。
「ママ、もうちょっとだけ……」
「えーい、いつまで寝ぼけてやがんでいっ!」
 ウッドの往復ビンタが飛び、マスカーの両目がゆっくりと開かれた。
「マスカー!」
「はっ」
 程なく状況を理解すると、マスカーはウッドから視線を逸らしつつ早口で喋り始めた。
「ソーリィソーリィ。私としたことが。でも最善は尽くしたわよ。あとちょっとのところだったの。決して居眠――」
「壊せなかったの!?」
 ウッドの叫びが虚しく響き渡る。そしてそこに覆い被さるように、サボールの勝ち誇った笑い声もまた。
「二人そろってしくじった、ってわけね」
「……そうね。私はサボールを倒せなかった」
 呟くウッドの声に憎しみの色はなかった。ただ、悲しみと無力感だけが彼女の中に満ちていた。
「まずは“こころの大樹”がこの星に根付いたその瞬間まで戻り、この手で抹殺してくれよう。デザートミラージュさえ修復すれば、大樹を探し出すことなど造作もない」
 サボールは淡々と操作盤を叩き、時空座標を絞り込んだ。
「――世話になったな、プリキュア。もう会うこともないだろう」
 装置の動作が臨界に達する。
 勝利の感慨と、わずかの虚しさを胸に抱きながら、サボールは玉座に身をしずめた。

 ――砂漠は静まり返っていた。
 覆るはずの時間はとめどなく流れ進み、沈黙だけが刻々と積み上げられていく。
 サボールは初めて己の目を疑った。
「何故、転移が始まらない? ……何故、時間の扉が開かないのだ!?」
 動揺しているのは彼女だけではなかった。何ゆえ、航時機が停止したのか――ウッドとマスカーも事態を計りかねている。
 沈黙を破ってその答えを語りだしたのは、砂漠の空に生じた一片の亀裂だった。
 空間が割れ砕け、穴の中心部から一台の白いマシンが飛び出す。そこに跨る少女もまた白い装衣に身を包み、マゼンタ色に輝く光の円環を背負っていた。
 彼女は空中でマシンから離脱すると、身体の各部からエネルギーを噴射してアクロバティックな機動を披露し、ウッドたちの目の前へと華麗に降り立った。
「遅くなっちゃってごめんなさい。でも、もう大丈夫です!」
「あ、あんたは――あんたも――プリキュア!?」
 呆気にとられるウッドと、遥かピラミッドの頂上からこちらを睨むサボールに向けて、彼女は勇ましく見得を切る。
「逆巻く銀河! 勇者のサーガ! キュアぶっ……」
 舞い上がる砂煙がそれを遮った。頭上へと落ちてきたマシンが彼女を踏みつけたのである。
 口上の途中で車輪の下敷きになった白いプリキュアは、うつぶせの大の字で砂に埋もれ、ぴくぴくと痙攣していた。
「キュア……なんて?」
 困惑を極めるウッドの隣で、マスカーは肩をすくめた。
「キュアブレイブ。この時代で最強のプリキュアよ。……説得力、ないけどね」



「はぅぅ……追尾機能を切っとくの忘れてたよぉ……」
 涙目でマシンの下から這い出そうとするブレイブの手をウッドが引く。
「あ、ありがとうございます……」
「私はキュアウッド、桐原コズエ。あんたたちから見ると、100年以上前の時間から来たプリキュアってことになるらしいわね」
「そんなに昔から!? よ、よろしくお願いします!」
 繋いだウッドの手をブレイブは両手でがっしりと握り返した。
「未来にも普通のプリキュアがいたのね。ちょっとそそっかしそうだけど」
「え、ええ、まぁ……」
 微笑むウッドの後方でダブルピースするマスカー、水着で寝転がる王の姿を見て、無理もないかとブレイブは肩を落とした。
「いきなり、お恥ずかしいところをお見せしてしまいしたね」
 白いバイク型の超次元マシン、“マシンクロスフューチャー”のコンソール部から可憐な声が響き、小さな紫色の物体が離脱した。それは鍵の妖精だった。
 妖精は光に包まれ、みるみる大きくなって人型を成した。光の中から現れたのは、長い黒髪をなびかせた少女だった。
「はじめまして。私はキサナドゥ。キュアブレイブ、黒須イフのパートナーです」
 ぺこりと会釈するキサナに、ウッドもかしこまって頭を下げる。
「妖精が女の子になるなんて……」
「不思議ですよね。でも今は、もっと説明しなきゃならないことがありますから」
 キサナが細く小さな手でパネルを操作すると、クロスフューチャーのヘッドライトが投射装置となってホログラムを映し出した。
 砂漠の空に浮かび上がったのは、銀髪に赤い瞳の少女。サボールにはそれが誰かすぐに思い当たった。
「クイーン・トワイライト……」
『お初にお目にかかるね』
 クロスフューチャーの中継により、次元を越えて時の砂漠とトワイライトとが繋げられているのだ。
「この子は?」
「私たちの国の王様です。こう見えてもね」
 未来の事情を知らないウッドにキサナがそっと耳打ちする。
『クイーン・トワイライト15世。君の名は?』
「……プロフェッサー・サボール」
『プロフェッサー。君はトワイライトから盗み出したデータを利用して時間遡行機を完成させようとした。しかし、本番になってそれは動作不良を起こした。なぜかわかるかね?』
 沈黙。
 クイーンの威風堂々たる声、その残響が砂漠の隅々まで広がっていく。
『君の盗んだデータが最初から間違っていたからだよ』
 サボールは表情を変えなかった。しかし、その身はわずかに玉座から乗り出していた。
「データはセキュリティの最深部で発見したものだった。あれがダミーだと?」
『そうさ。本物はもっと深く、もっと確実なところに隠してある』
 クイーンのホログラムは得意気に自分の頭を指で叩いた。
『結果を急ぐあまり、実証不足で勇み足を踏んだのが君の失敗だったな』
「それ、思いっきりブーメランなんですけど」
 クイーンの足元でため息混じりにキサナがぼやく。
『ま、もっとも、君の頭脳であればいずれ自力で正しいデータを揃えることができただろう。我々にとっての幸運は、王くんの存在だった。現在は失われているが、彼女はかつて時を遡る能力を発揮したことがあるのだよ』
「なんだと……」
 今度こそサボールに明らかな動揺が見えた。
『だからこそ、時空の変調に敏感だった。彼女が我々をここに導いてくれたのだ。……まあ何しろ王くんは目立つからね。足跡をたどることは簡単だったよ』
「ふうん、王って未来でも目立つんだ」
「この時代について、色々と誤解が生じてる気がしますね……」
 意外そうなウッドの様子を見て思わず苦笑したあと、キサナはこほんと咳払いをしてピラミッドを見据えた。
「……それはさておき。プロフェッサー・サボール、あなたの野望は潰えました。武器を捨てて投降するのならば、この時代で生きる権利は保障します」
『せっかく時間を越えて、同じ科学の徒と出会うことができたのだ。私はできることなら、同志として君を迎えたい』
 キサナとクイーンによる説得を、ブレイブとウッドは固唾を呑んで見守った。マスカーはただ静かに趨勢を眺めている。
 ウッドは祈っていた。サボールが彼女らの言葉を受け入れることを。
 しかし、ピラミッドから返ってきたのは乾いた笑い声だった。
「まんまとやられたよ。設備と資材の不足があったとはいえ、やはり己の研究成果以外を頼るべきではなかった。しかし、お前達は大きな勘違いをしている。私にとっては、手段のひとつが潰れたに過ぎない」
 玉座が床ごと変形ていく。主の周囲を球状に包み込むそれは、何かの操縦席を思わせた。
「――過去が駄目なら、未来を消してやるまで」
 地獄の底から湧き上がるようなサボールの声。
 ピラミッドの内側からエネルギーが溢れ、表面が溶け落ち始める。
 赤黒く発光する泥の山は粘土細工のように形を変え、やがて、人とも獣ともつかない巨大な姿を砂塵の中に現した。
「起て! デザートインフェルノ!!」

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオウウウウ。

 サボールの叫びと同期かのするような咆哮が鳴り響き、砂漠が海原のように荒れ狂った。
 体長およそ150メートル。頭部には天と地を指す二対の巨大な角を頂き、背中から両腕にかけては針山のように無数のトゲが並ぶ。丸い両目は血の池を思わせる深紅に煮え返り、そして、腹部にはサボールの仮面を象ったエンブレムがあしらわれている。ゆっくりと宙を撹拌する長大な尾は、罪人を打ち据える鬼の金棒といったところか。
「私が造り出した究極の惑星改造兵器だ。999秒で自壊するが、それだけあれば星ひとつを砂漠化する程度は造作もない」
 熾烈な憎しみが実体を得たかのような威容は、それだけで見るものに戦慄を与えた。

(――そうだ。最高幹部の証として“砂漠の王”デューンからただ一体だけ与えられた“砂漠の種”デザートデビルを、私は技術の粋を集めて改造した)

 サボールの背後でゆらめくスナフィンクスの電子光は、静寂の青から燃えるような赤に変異していた。終末に向けて加速するその鼓動に身体を預け、ひとつになる。

(私はデューンを畏れ、崇めた。己のそれが矮小に感じられるほどの、巨大な憎しみの塊。――だが今、私はそれを超える。憎しみで歴史を塗り替えるのだ。五百年前のデューンが目にするのは、プリキュアも心も失った、枯れ果てた地球の姿だ。私の望む世界が訪れたあとのな)

 デザートインフェルノが放つ死の波動は、普通の生物であれば半径数百メートル圏内に入っただけでも命に危険を及ぼすほどのものだった。当然、プリキュアであっても接近戦は困難である。
 ジリジリと肌を焦がすようなその感触に、ウッドは顔をしかめた。
「ここが死の砂漠でなければ、あいつが存在するだけで周囲の生命が根こそぎ奪われていったでしょうね」
「シルエットダブルの防御力なら、あいつに近づけないかな……?」
 ブレイブは二体の鍵の妖精――オールンとサファルンの力を使うことを提案した。
 しかし、キサナは苦い表情で首を横に振る。
「いえ、かえって危険です。この波動は単なる攻撃ではなく、どうやら生命力を――エネルギーを無限に昇華させるもののようです。シルエットチェンジでは余計に消耗が激しくなってしまいます」
 プリキュアのほとんどは肉弾戦をメインとし、ロングレンジでの攻撃手段はエネルギーを大きく消耗するものに限られてくる。
 デザートインフェルノの能力はその弱点を突いているとも言えた。
「とんでもないのが出てきちゃったね……」
「サボール……!」
 呆然と立ち尽くすブレイブの隣でウッドは歯噛みした。
 サボールの憎しみの根源を知っているのは自分だけだ。自分が止めなければ……、しかし、これではもはや……。

 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。

 サボールの操縦に従い、デザートインフェルノの角から赤黒い雷光がほとばしった。
 光はプリキュアたちの頭上を横切り、先程ブレイブが開いた次元の穴をさらに押し広げていく。
「いけない! 外へ出るつもりです!」
 キサナが悲鳴に近い声で叫ぶ。
「絶対にこの空間で食い止めなくては。あれが外に出れば、どれだけの被害が出るか想像もつきません……!」
 大きく口を開けた次元の裂け目に向けて、デザートインフェルノはいよいよ進撃を開始した。それに付き従うかのように、砂嵐――否、砂竜巻の群れが次々と立ち上がり、プリキュアたちに襲いかかる。
「こんのぉ!」
 竜巻を避けながらブレイブは両腕をクロスした。手の甲にあるオーブが発光し、サッカーボール大のエネルギー球が生成される。
「ブレイブバースト!」
 ブレイブが叫びとともに両拳を突き出すと、球体は一瞬で数十倍の大きさに膨張し、デザートインフェルノ目がけて射出された。
 ――が、光球は竜巻の群れに阻まれて爆散し、標的に届くことはなかった。
「こ、これじゃ遠くからも攻撃できないよ!」
「それだけじゃありませんね。……このままではじきに、空間自体が……」
 ブレイブが半泣きで逃げ回る一方、キサナはさらに悪い事態に気付いていた。
 竜巻の発生が意味するもの。裂け目の広がりによって時空の均衡が崩れ、この空間自体が消滅しようとしているのだ。
「ここで死ぬか。世界が滅ぶのを見届けてから死ぬか。好きな方を選ばせてやる」
 サボールの鬼気迫る言葉とともにデザートインフェルノの背面が激しく明滅し、無数に並んだトゲのひとつひとつがミサイルとなって射出された。
 赤い煙の尾を引くそれらは空中で緩やかなカーブを描き、プリキュアたちに向けて迫りつつあった。
「あわわわわわわ……」
「イフ、バリアを!」
「あ、そ、そっか!」
 キサナの指示で冷静さを取り戻したブレイブは、ミサイルの正面に立ちはだかり、両腕を左右に広げた。
「ブレイブバリヤー!」
 背中のリングが巨大化し、さらに分裂してプリキュアたちの周囲を幾重にも取り巻く。さながらジャイロスコープを思わせる様相である。
 目には見えないもののリング同士の間には強固なエネルギーフィールドが形成されており、次々と着弾・爆発するミサイルの衝撃を受け止めた。
 しかし、問題は数である。第一陣は耐え切ったものの、第二陣がまさにこちらへ降り注ごうとしている。ブレイブの残エネルギー、バリアの耐久力を考慮すると――。
「ダメ、次までは持たない……!」
「散開しましょう!」
 キサナの判断は素早かった。
 ブレイブがバリアを解除、残ったリングを巨大なフラフープのように投擲して数発のミサイルを撃ち落とす。
 その隙にウッドたちは前後左右に転がり出るようにして散らばった。しかし、ミサイル群もまた四方に分かれ、彼女らを追尾してくる。
「しつこいわねっ!」
 ウッドはウッドガーダーを、キサナもバリアを展開して防御態勢をとる。マスカーは分身による撹乱で回避する方法をとった。

 永久に続くかと思われた閃光と爆音がようやく途絶えた。直撃こそは無かったものの、大量に降り注ぐ爆薬の雨との格闘、そして絶え間なく襲ってくる死の波動はプリキュアたちの体力をすり減らした。
 一方、トゲを撃ち尽くしつつもデザートインフェルノは着々と歩みを進め、次元の裂け目までわずかというところまで迫っている。
 裂け目は巨人を招き入れるかのように広がり続けていた。竜巻も激しさを増して猛り狂い、いよいよこの砂漠の消滅を告げんとする。
 脱出のタイムリミットは目前だ。しかし、道を明け渡すことはできない。
「さァて、どうしマスカー?」
 マスカーはどこか他人事のように、肩をすくめながら周囲を見回した。
『サボールくん。君はどうしても世界を滅ぼしたいのかね』
 ノイズ交じりのホログラムが語りかける。
「そうだとも。私の目的は、世界と共に私自身を埋葬することだ」
 サボールは事も無げに答えた。
「時の流れが変わり、全てが枯れ果てた世界。いつの日にかそこを訪れた異邦人が、私の遺した研究記録を発見するだろう。そして、私の成した偉業を畏れ、崇めるのだ」
 ウッドの戦いで負った傷は深い。満身創痍のサボールは、霞む視界の先に己の望む未来を見出そうとあがいた。
「このピラミッドはそのための墓標。私という影を生み出し、この世に置き去りにした者達よ。身勝手な“心”のままに生きる愚者どもよ。清算の刻だ。――始まりを与えられなかった者には、全てを終わらせる権利がある。そうだろう」
 サボールの言葉を聞き届けると、クイーンは普段の彼女からは想像もつかないほど哀しく、決然とした表情を浮かべた。
 そして、己の敵に向けて右手をかざした。
『わかったよ。それが君の願いというのならば――己の力ではもう引き返せない場所まで、時計の針を進めてしまったというのならば――我々にも切り札がある』
 彼女の言葉に応えるかのように、切迫した空気を大きな欠伸が掻き乱した。竜巻までもが呆気にとられ、吹き荒れるのを忘れてしまったかのように――その一瞬、砂漠は静けさを取り戻していた。
 無造作に放り投げられたディメンジョンハットをキャッチし、マスカーはその相手を睨んだ。そして、ため息混じりに肩をすくめた。
「やれやれ、永久にスリーピングしててほしかったデスネー」
 伸びをしながら砂の上に身を起こしたのは王だ。
 あれほど降り注いだミサイルを一発も喰らっていないのは強運の成せる業か、はたまた追尾装置が彼女の体質に反応しなかったためか。
「なんだ、騒がしいと思ったらいつもの面子が揃い踏みだな」
「おーちゃん!」
 今にも泣き出しそうだったブレイブが笑顔になり、王に駆け寄った。
「王、さっきは本当にごめん。そして、ありがとう」
「……コズエ、なのか」
 王の隣には見たことのない緑色のプリキュアが立っていた。
 彼女は桐原コズエとそっくりの顔かたちをしていたが、王の記憶にある弱りきった姿とはまったく別人のようにも見えた。
「私は、あんたのおかげで自分を乗り越えることができた。プリキュアとして、再び立ち上がることができた。……今度は、あんたの番よ」
「おーちゃん、受けとって」
 ブレイブが掌の中のものを王に差し出す。
「これは……」
 それは、封印されたはずの王の変身アイテム――“リンクリトル”だった。
 トワイライトの紋章を刻んだブローチのようなそれを、王は不思議な気分で見つめた。
『王くん、かつての君は全てを破壊する虚無の存在だった。しかし、人と共に生きる今の君には、別の望みが宿っている。違うかね?』
 王は無意識に自分の胸へ手をあてていた。
 そこに何かがある。かつての自分にはなかった、何かが。
「……そうだな。世界を破壊することなど造作もない。誰にだってできることだ」
 マスカーが仮面越しに王を見やる。冷たく鋭い、刃のような視線で。
「だが“王”は、ひとりでは“王”になれない。私は、私として世界と共に生きる。それは私にしかできない、私だけの願いだ」


『素晴らしいッ!!!!!』


 デザートインフェルノの咆哮をも上回る大音量でクイーンが言った。衝撃で映像と音声がガリガリに乱れ、復帰まで数秒を要した。
『たった今、君は本当の意味でこの世界に生まれたのだよ。――私からのささやかなプレゼントだ、享受してくれたまえ』
 クイーンが指を打ち鳴らすと、それを合図に新たな通信チャンネルが開いた。
 聞こえてきたのは年かさの男の声だ。
『コード解禁。変身せよ、暗黒淵王』
 ラビリンスの旧神メビウスの言葉が遥か次元の壁を越え、リンクリトルの機能を解錠(ロックブレイク)する。
「私に命令するな、タコジジイ」
『その言い方はあんまりだぞ』
 ややしょげた様子のメビウスに、キサナがクスリと笑う。
「メビウスも王の前ではタジタジですね」
「……本当にいいのか。お前たちを殺すために振るった力だ」
 王は手の中の分身を見つめながら呟いた。珍しく、その瞳は動揺に揺らいでいるように見えた。
「昔のあなたと今のあなた、私たちがどちらを信じると思いますか?」
 微笑むキサナの隣で、ブレイブも、ウッドも、みな確信に満ちた瞳で王を見つめていた。
「お前たちは本当に馬鹿だな。……だが、それが面白い」
 闇の暴君の顔に、不敵で野蛮な笑みが戻る。
 彼女が胸の前にかざすと、リンクリトルは二回りほど大きくなり、エメラルド色の翼が展開した。
「チェインジプリキュア! クロスロード!!」
 高らかに詠唱される変身コードに従い、闇色の銀河が王を中心に渦巻いた。
 禍々しくも優美な黒い装衣が紫の肌を包み込む。
 全身に点在したエメラルドの輝きは、魔力を増幅する人工夜鉱石(レプリトワイライト)。
 暴虐の刃バルディバッシュが銀河を切り裂き、その姿を現世に降誕せしめる。

「深淵の王――キュアロードオブダークネス」

 プリキュアのシステムを器として誕生した新世代の魔人、それが彼女である。
 深淵を覗き込むがごとき、歪な誘惑に満ちた美しさ。それはまさに、海の魔と呼ぶにふさわしい。
「その格好、やっぱり悪役じゃない」
 ウッドが冗談めかして言うと、ロードは彼女の方を振り向いて微笑んだ。
 王の時とは異なる、どこか艶っぽい表情にウッドはどきりとする。
「私は善でも悪でもない。ただ、私であるだけだ」

「遂に現れたか」
 サボールは敵意と感慨のせめぎ合う呟きを漏らした。
 キュアロードオブダークネス。なんと穢らわしく、なんと美しいプリキュアだろうか。
 そして、スナフィンクスによる解析は、先程現れたプリキュア=キュアブレイブが王の姿形のベースとなっていることも見抜いていた。
「お前もまた、影――己自身の道を切り拓こうとあがく影のひとり、だったのだな」
 彼女はその皮肉さに、不思議な心の昂ぶりを感じずにはいられなかった。



「大気浸蝕! ディープワールド!」
 キュアロードオブダークネスがバルディバッシュの柄を足元に突き立てると、赤い砂漠が瞬く間に暗黒物質の海へと書き換えられていく。
 デザートインフェルノがゲル状の闇に足をとられ、動きを止めた。
 さらに広がり続ける暗黒物質は次元の裂け目に膜を張り、空間の均衡を取り戻すことで竜巻の群れをも消滅させた。
「これが王の、本当の力……」
 感嘆していたウッドだが、すぐさま我に返ると、
「こうなりゃこっちのものね! ブレイブ、同時にやれる?」
「はいっ!」
 彼女の言葉に応え、ブレイブは鍵の妖精ダークルンの一体を腰のリングルンMXに装填した。
「ウッドスタンプ!」
「マニューバーC! ブレイブラスター!」
 両腕を交差したウッドの額の円盤から、ブレイブの胸のエンブレムから、それぞれ強烈な熱光線が放たれた。
 空気を焦がして直進すると、二条の光はデザートインフェルノの両胸に突き刺さった。
 サボールの視界に閃光が炸裂する。
「ぬう……やってくれるな。だが、その程度で――」
「ヘイヘイヘーイ!」
 煽るような甲高い声が鳴り響いた。その主は、見ずとも明らかである。
「イッツ・イリュージョーン!」
 マスカーは右手に持ったディメンジョンハットの被り口をインフェルノに向け、左手の指で3、2、1とカウントを刻んだ。
 合図とともにハットがボコボコと膨れ上がったかと思うと、巨大な円錐形の物体が次々と吐き出された。後部から炎を噴いて飛翔するそれらは、先程インフェルノが撒き散らしたトゲミサイルに他ならない。
 爆撃を避けつつ、マスカーはハットの内側にミサイルを何発もくすねていたのだ。
 ミサイルは追尾装置のターゲットをデザートインフェルノ自身に書き換えられているだけでなく、ご丁寧にもマスカーの仮面を模した装飾が施され、挙句はファンシーなリボンまでもが巻きつけられていた。
「リターン・ギフト、ラッピング無料デスネー!」
 因果応報とばかり、マスカーの嬌声とともに飛び立ったトゲミサイル群はインフェルノの全身に突き刺さり、大爆発を起こした。

 グガアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 黒い熱砂が血飛沫のように噴出し、山のような巨体が揺らぐ。
「このまま押し切れれば……!」
 キサナはブレイブに必殺技の発動指示を出そうとし、そこである異変に気付いた。
 インフェルノの両目が赤から青白い発光へと変移している。
 ダメージが蓄積している証拠だろうか? しかし、敵の内部に急速なエネルギーの上昇があることもまた、キサナは察知していた。
「あれは!?」
 ウッドの目がさらに劇的な変化を捉えた。
 インフェルノの尾がメリメリと音を立てながら裂けていく。1本が2本に、2本が4本に――。やがて扇状に広がる8本の尾が形成され、先端には本体と同じ青白い光を宿した両目と口が開いていた。
 それらはまるで、8匹の大蛇のようだった。
 彼らは一斉に鎌首をもたげ、インフェルノの動きを封じるディープワールドを覗き込むと、獲物を捕食するかのように大口を開いた。

 ヒィン……。

 微かに空気の鳴る音とともに、蛇の口部から糸のような細い光が一瞬閃いたかと思うと……、暗黒物質の海が凄まじい熱と光を発して爆裂、ぽっかりと穴が開くように消滅した。
 駆け抜ける衝撃波がプリキュアたちを紙切れのように吹き飛ばす。
 自分も砂の上を転がりながら、キサナは声の限り叫んだ。
「避けてください! あの尾の直線上から離れて!!」
 キサナの索敵能力は、その攻撃の正体を端的にではあるが掴んでいた。
 再び散開したプリキュアたちは砂山の陰に身を潜めつつ、彼女の言葉に耳を傾けた。
「……不可視破壊光線の正体はおそらく、タキオン粒子ビーム砲。時間移動用のタキオンをエネルギー源としているに違いありません。一瞬の青白い発光は空気中のタキオン微粒子との衝突によるものでしょう」
「流石はトワイライトのウォーキング・デクショナリ。しかして、対処法はありマスカー?」
 いつも通りの口調ではあったが、さすがにマスカーの声色も真剣だった。
「万物を押し流すのが時間です。その構成元素を攻撃に転用しているとあれば、防ぐ方法はありません!」
「オーゥ……」
 キサナの脳裏をよぎったのは、タキオンの流れを操ることのできるプリキュア――かつての友人のことだった。彼女、あるいは彼女の力を受け継いだプリキュアがこの場にいてくれたなら、防ぐ手立てもあったかもしれない。
 今、自分の手にあるのはその力のほんの断片のみ。だが、無いよりは遥かにマシだ。
「一撃だけ……私が一撃だけ、光線を受け止めます。その隙に、全員でもう一度集中攻撃を」
「キサナ!?」
 防ぐ方法がないと言った矢先、まるで自分自身を盾にするかのような発言に、ブレイブは思わず叫んでいた。
「イフ。私に何かあった場合、あなたがみんなを連れてこの空間を脱出してください。マシンクロスフューチャーを操れるのはキュアブレイブだけです」
「キサナ、言ってることがわかんないよ……」
 砂山の向こうからブレイブの震える声が聞こえてくる。その表情は、見なくても手に取るようにわかる。
 小さな頃からずっと変わらない、あの泣き虫の顔。
 キサナはきゅっと唇を噛みしめ、砂を蹴った。
 デザートインフェルノの眼前に着地したその姿は、一瞬前までと大きく変わっていた。

(イフ、あなたは強くなった。いえ、まだまだ強く成長していくことでしょう。しかし、私という存在に対する甘えが、それを妨げている。あなたは変わらければならない……今こそ、その時なのです)

 キサナの服が雪のような白銀に染まり、頭上には一対の氷翼がはためく。
 ――キサナドゥ・シルエット・スノウ。
「イフ、頼みましたよ。私がいなくても、あなたにはできるはずです」

 後を追って飛び出そうとしたブレイブの肩を掴んだのは、ロードだった。
「待て。奴の覚悟を無駄にするつもりか?」
「だって、キサナが……このままじゃキサナが!」
「奴は奴で、考えていることがあるのさ。……お前のためにな」
 ロードの脳裏には、イフの将来を案じて陰で思い悩むキサナの姿が蘇っていた。
「私の、ため……?」
「しかし、少し性急すぎるのも確かだな」
 ロードは砂山越しにキサナを見た。
 八本の首が獲物に吸い寄せられるかのように伸びてくる。
 その白装束だけを見れば、蛇神に捧げられる巫女のようだ。
「人工妖精の試作体……だったか? プリキュアでもないお前が何をするつもりだ」
「元、プリキュアですよ。あなたを止めることくらいはできる」
 キサナが両手をかざすと、その中心から放たれた氷の竜巻がインフェルノを捉えた。
 黒い巨体のあちこちが白く凍結していく。
「思い上がるな」
 八つの砲門が彼女に狙いを定め、サボールがそのトリガーを引く。
 発射と同時にキサナは両腕を天地に伸ばし、前方に不可視の防壁を展開した。
「ゼロウォール!」
 接触した物質の時間を静止させる盾。理論上はタキオン粒子による攻撃も防ぐことが可能である。
 しかし問題は、互いのエネルギー残量にあった。借り物の力である以上、防壁の持続時間は非常に短い。
 キサナの額に汗が滲む。

(時間移動用のタキオンを武器にするなど、本来の用途とはあまりにもかけ離れている。敵の消耗も激しいはずです。だから……私が限界まで持ちこたえれば……!)

 見えない防壁が軋み始めていた。その静かな攻防の趨勢は、傍目にはわからない。
 しかしブレイブには、ずっとキサナを見てきた黒須イフには、彼女の表情だけでその苦境を理解できてしまうのだ。
「ダメだよ、やっぱりこんなの……!」
 ブレイブがロードの手を振りほどき、キサナのもとへ駆けつけようとしたその時――、

「「ちょっと待ったぁあああ――――――――――――っ!!」」

 少女たちの渾然一体となった声が砂漠に轟いた。
 何処から現れたのか、純白の制服に身を包んだ一団がキサナの両隣に整列している。
「まさか――あなたたちは」
 総勢8人の少女は、色とりどりの髪をたなびかせながら敬礼した。
「今度は何だ……?」
 サボールはタキオン砲の斉射を一時中断し、新たな闖入者の解析にとりかかった。
 次元の裂け目はディープマターによって塞がれたままだ。これだけの人数が、如何にしてこの隔離空間に忽然と現れたのか。
 答えは彼女たちの容姿にあった。
「ひとり、ふたり、さんにん……ふええ、キサナがいっぱいいるぅ……」
 ブレイブが目を回すのも無理はなかった。髪色や髪型は違えど、みなキサナと瓜二つの容姿をしている。
 ゼロウォール、およびシルエットスノウが解除されるとともに、凛々しくも美しい漆黒の髪を持つ少女が、8人を代表してキサナの前に立った。
「今回の件は、ハッキングの犯人を特定できなかった我々スピリットポリスの責任でもあります」
 スピリットポリスとは――クイーン・トワイライト15世がキサナドゥを基に開発した、ネットワーク保安用の電脳警察である。
 一人一色のパーソナルカラーを割り当てられた彼女たちは、ベースこそ同じだがプログラムの調整は微妙に異なり、チームワークによって無限の可能性を発揮できる“個性”を与えられている。
 この場に集まった8人の他に、トワイライトで留守を預かるメンバーが3人。総勢11人で構成される精鋭部隊だ。
「普段は警備任務の身ですが、一緒に戦わせてください」
 リーダーのメノウはキサナに向けて深々と頭を下げた。
「てか本物のキサナ様だーっ! 生で見たの初めて! 握手してくださーい!」
「ちょっとアズキ! 遊びに来たんじゃないのよ!?」
「パールだってしてもらいたいくせに。お部屋にキサナ様のホロポスター貼ってるの知ってるんだから」
「な、なぜそれを!?」
「さぁ~。セキュリティが甘いんじゃな~い?」
「じゃあ、あたしも握手したーい!」
「私も私もー!」
「うちはサインがええなぁ」
 命懸けの戦場から一転、アイドルの交流会場と化した砂漠の真ん中で、もはや背景扱いのプリキュアたちが立ち尽くす。
「き、緊張感が……」
『華やかで素晴らしいではないか』
 頭を抱えるウッドの傍らで、クイーンのホログラムは扇子を振りながらかんらかんらと笑っている。
 一方で、デザートインフェルノ内部のサボールはこのノリに呑まれることもなく、淡々と解析を進めていた。
「プログラムスピリットの制式タイプ。なるほど、跳次元通信を介せば神出鬼没というわけか。だが、セキュリティごときに何ができる」
 八つの砲門が彼女たちに狙いを定めた。
「舐めてもらっては困る。総員、ダイヤモンド・フォーメーション!」
「「YES!!」」
 サボールにとっても、プリキュアたちにとっても、信じがたいことが起こった。
 キサナを守るように陣形を組んだスピリットポリスは、防具も防壁も使うことなく――その体ひとつでタキオンビームの砲撃を受け止めていた。
 無数の青白い閃光が、花火のように宙に咲いては散る。
「お前たちは!? 単なる電脳体ではないのか……!?」
 サボールはすぐさま彼女たちのボディを再スキャンした。砲撃の寸前までは視覚情報を有する電脳体に過ぎなかったはずのスピリットポリスに、確かな物理的肉体が生成されている。
 しかも、その組成元素は――タキオン。
「驚きましたこと? わたくしたちはプログラム体、されど触媒さえあれば実体を持つことも可能。材料はここに腐るほどありましてよ」
「っていうか、体がなかったら握手できないし」
「てめぇのビームは、あたしらには効かねぇ!」
 スピリットポリスは砂漠の砂を構成する不活性タキオンを基にして実体を生成したのだ。
 赤い砂漠が、文字通り彼女たちの血肉に変わったのである。
「我々はプログラム。ゆえに、エネルギーの波長を完全に同期させることができる。我々の物理ボディを構成するタキオンの結合力は、相乗効果により数千倍にも数万倍にもなる。――束ねた八本の矢、折れるものなら折ってもらおう」
 メノウの言葉がハッタリでないことを、スナフィンクスの算出データも裏付けていた。
 今度はサボールが脂汗にまみれる番だった。
 視界が霞み、意識が薄れる。――このまやかしの体も、いよいよ限界が近いか。
「ならば、お前たちは後回しだ」
 タキオン砲は、その標的を次元の裂け目を覆う暗黒物質に移した。あれさえ破れば、この空間は即座に消滅する。プリキュアを道連れにし、上手くいけば外の世界に被害を与えることもできるかもしれない。
 だが、ドロドロと泡立っていたディープマターの表面が鏡のように変化、やはり青白い発光現象を伴ってビームを弾き返した。
 その余波がデザートインフェルノに到達し、体表をジリジリと削りとる。
 操縦席のスクリーンは白く飛び、サボールは両手で顔面を覆って光を防ぐのがやっとだった。
「暗黒物質にタキオンを混合させたな……!」
 ディープワールドは砂漠からタキオン粒子を大量に吸い上げ、表面に暗黒タキオンシールドを形成していた。
「対処法さえわかればな」
 ロードが不敵に笑う。
 スピリットポリスの結合力に比べれば脆弱なものだが、目標の面積が大きい分、ビームの威力もまた分散してしまう。
 そして何より――。
(そろそろ、のはずです)
 キサナは拳を握り締めた。
 インフェルノの両目が、尾の先に宿る光が、青から赤へと戻っていく。
 タキオン砲の連射はインフェルノの自壊を大幅に早める。効果がなくなった以上、通常の攻撃モードに切り替えるしかない。
 その一瞬のインターバルを、彼女たちは逃さなかった。
「今です!」
 キサナの合図と同時にブレイブとウッドが攻撃を再開する。
 ブレイブラスターとウッドスタンプが炸裂し、インフェルノのボディが溶け始めた。タキオン砲を反射された際、体表面の防護膜が失われてしまったためである。
 通常モードの熱線攻撃に切り替え、再び八つの砲門でプリキュアを狙い撃とうとするが――、
「プリキュア・ダークネス・カルネイジッ!!」
 ロードが振り回すバルディバッシュから暗黒衝撃波が巻き起こり、インフェルノの尾を次々と切り落としていく。
 本体のダメージが蓄積するとともにインフェルノが発する死の波動もほぼ消え失せ、プリキュアたちは本来の力を発揮して戦いを一気に終局へと導きつつあった。
「これにてチェック・メイト、といったところデスネー」
「マスカー……」
 プリキュアたちが猛攻をかける一方、マスカーは砂の上にござを敷き、湯のみを傾けて茶を啜っていた。
 一瞬呆れかけたキサナだが、すぐに彼女の状態を察知した。視界を熱源センサーに切り替えると、身体のあちこちが赤く明滅し、痛々しいほど発熱しているのが一目瞭然だ。
「ひどい怪我です」
 キサナが思わず伸ばした手をするりとかわし、軽やかに立ち上がったマスカーは仮面越しにウィンクした。
「今回のクエストはユーたちにお譲りしマス。では、シーユーネクストターイム♪」
 一方的に告げると、ミラージュマントをひらめかせてあっという間に姿を消す。
 彼女に単体で次元を超える能力があるのかどうかはわからないが、どちらにせよ、こうなってはキサナでも探知のしようがない。
「キュアマスカー……あなたは、一体……」
 彼女の仮面に隠された素性にキサナは思いを巡らせた。しかしそれも束の間、戦闘中のパートナーの方へと向き直る。
 ブレイブは背面のミラージュサークルの力で空中に体を固定し、インフェルノの眼前でダークルンを召還した。
「マニューバーZ! ブレイブファントム!」
 12人に分身したブレイブが横一列に並び、ブレイブラスターの集中砲火を浴びせかける。
 インフェルノの巨体がみるみる形を喪失し、煮え返る泥の山となって砂漠に積み上がっていった。
「こんな……もので……っ」
 崩壊しつつある玉座で、熱と衝撃に晒されながら、サボールはそれでも操縦桿に喰らいつく。
 12から1へ再収束したブレイブが両拳を握り、胸の前で向かい合わせた。
 二つのオーブとトワイライトのエンブレムが共振し、さらに強力な熱破壊光線が解き放たれる。
「ブラスター・エンドッ!!」
 その炸裂は小さな太陽と見紛うほどの火球を生み落とした。
 地獄の悪魔を焼き払う、聖なる炎を。

 クオオオオオオオオオオオオオオオム……。

 高熱に揺らぐ蜃気楼の向こうから、弱々しい咆哮が立ちのぼった。
 右半身を丸ごと抉りとられたデザートインフェルノが、泣いている。
 その右腕、右脚もすでに溶け落ちて原型を失っていた。しかし、一本だけ残った角にはパリパリと赤い稲妻が這い回り、いまだ攻撃の意志を示していた。
「お前がトドメを刺せ」
 ロードの言葉に、ウッドはまるで自分自身が死を宣告されたかのような衝撃を覚えた。
 ――私は何を動揺しているんだ。
 私たちの勝ちだ。プリキュアの、すべての命の勝利だ。シトラに捧げる勝利だ。
 しかし、この心にわだかまる気持ちは何だろう。
 このままサボールを倒して、それで終わりでいいのだろうか。
 私たちプリキュアの使命とは、なんだったか――。
 ウッドはぶるぶると顔を左右に振り、両手で己の頬を張った。そして、虚空を見つめながら微かな声で呟いた。
「わかってるわ、シトラ。私が何をすべきか」
 その動作に、ロードは何事かと呆気にとられる。
「どうした?」
「……やらなきゃ」
「んん?」
「でもあれは、私ひとりじゃ……そうだ!」
 ウッドの頭上にピコン、と裸電球が灯り(昔の人間なので表現が古い)、砂を蹴立ててロードの隣に走り寄った。
 怪しげに艶めく紫色の両手を躊躇なく掴み、呪われた宝玉のごとき金色の瞳を正面から見据えて、そして叫ぶ。
「私と……私とフォルテッシモしてくれない!?」
 ロードの切れ長の両目が真ん丸に変わり、ぱちくりと瞼をしばたたかせた。
 眉根を寄せ、怪訝そうに首をかしげる。
「……意味がわからん」
「ええと……要するに、力を合わせるのよ。私とあんたの……大地と海の力を!」
「だったら最初からそう言え」
「プリキュアならこれで通じると思ったのよ!」
 若干恥ずかしかったのか、ウッドの頬はわずかに紅潮していた。
「奴を倒すために必要なんだな?」
「でなければ、私たちは本当に勝ったとは言えないわ」
「……いいだろう。だが、加減はしない。遅れるなよ」
 バルディバッシュを携えたロードが、鮫のように鋭い歯を覗かせてニヤリと笑う。
 ウッドも砂に刺さったアックスタンバリンを引き抜き、腕まくりのポーズで鯔背(いなせ)に応えた。
「てやんでぃ!」

 サボールは崩れかけた玉座にもたれたまま、微動だにしない。最後に入力された命令に従い、インフェルノは視界に映るプリキュアへの攻撃を実行し続けた。
 角から放たれた雷撃が空を裂いて蛇行しながらブレイブに襲いかかったが、もはやそんな悪あがきが通じるはずもなかった。
「キサナも、おーちゃんも、外の世界も――絶対に傷つけさせない!」
 ブレイブは滞空しながら稲妻を片手で受け止め、粉々に握り潰すと、必殺技“ブレイジング・スター”の態勢に入ろうとした。
「待って、ブレイブ!」
「ウッドさん!?」
「そいつとの決着は、私にやらせてほしいの」
「……わかりました!」
 二つ返事で答えながらも、ブレイブは背面からエネルギーを噴射してインフェルノの頭部に急接近した。自分の身長よりも巨大な角を掴み、ぐるりと一回転してへし折る。交代際にきっちりと最後の戦力をもぎ取っていった。
「あの子も結構やるのね」
「そりゃ、一度は私を倒した奴だからな」
「……それホント?」
「今は、私の家来第一号だがな」

 サボールの意識、五感のすべてが失われつつあった。
 紅く燃える闇の中で、ただ憎しみと苦しみだけが、肉体を喰い破るほどに狂おしく逆巻いている。
 地獄に生まれ、地獄に果てる。変えようのない宿命だけが目の前に横たわって見えた。
 その時、彼女にはもはや知覚することも叶わなかったが、虫食いのようになったスクリーンに二人のプリキュアの姿が映し出されていた。
 ――キュアウッド。そしてキュアロードオブダークネス。
 アックスタンバリンとバルディバッシュ、二振りの斧が十字に交差する。
 大地と海、過去と未来、二人のプリキュアの心もまた。

「「プリキュア・フラクタルパワー・フォルテッシモ!!」」

 ウッドとロードは光となって飛翔し、無数に枝分かれしながら空間を飛び交う。
 それはやがて、空一面を埋め尽くすほどの生命樹(セフィロト)を描き出した。
 二つの光球が交差しつつ“王冠(ケテル)”から“王国(マルクト)”に到る道を駆け抜け、生命樹の頂きに待つデザートインフェルノの左胸を貫く。
 ウッドとロードはその一瞬、光の中に同じものを見ていた。

 夜の帳が下りた静寂の森。
 サボールは大樹の幹に身を預け、草の上に足を投げ出していた。虫の声が子守唄となって遠くから響いてくる。
 まどろみの中でふと誰かの気配を近くに感じ、彼女はゆっくりと顔を上げた。そこには、もう一本の大樹が――いや、緑色の装衣をまとったプリキュアが立っていた。
「キュアウッド」
 宿敵の名を呼ぶとサボールは苦しげに咳き込んだ。腕も足も、鉛のようになって動かない。
 それでも憎しみを込めた視線で懸命にウッドをねめつけた。
「さっさと殺すがいい。それとも、嘲笑いに来たのか。この様を」
 ウッドは片膝をついてしゃがみ、首を横に振った。
「……どっちでもない」
 サボールに向けて伸ばした手の先に鋭い痛みが走り、指から赤い血が滴り落ちた。
 ウッドの首筋に震える針の先端が突きつけられている。サボールが自身の髪を変化させて作り出したものだ。
「触るな。この期に及んでまだ情けをかけるつもりか。お前たちはどこまで私を侮辱すれば気が済む」
「情けなんかじゃない。これは使命。私がシトラと交わし合った、プリキュアの誓いよ」
 天には月蝕。
 影の月が彼女たちの行く末を静かに見守っている。
「憎しみ、悲しみ、絶望。それは誰の心にもある影よ。あんたは、私の影でもある。……だから」
 二人の視線が重なり合う。互いの瞳が、鏡となって相手の姿を映し出す。
 近づいてくるウッドの白い喉をサボールの針が貫くことは、ついになかった。
 ウッドの両腕がサボールの背中に回り、彼女を包み込むように抱き締めた。
「お前は……私を許すというのか? お前の妖精を殺した私を」
「許さないわよ。だけど――」
 ウッドの手がサボールの頭をそっと撫で下ろす。夜闇の中で銀色の髪がきらきらと輝いた。
「――あんたにも心はあるんでしょう。あんたの心が帰れる場所は、もうここしかないと思ったから」
 驚くほど華奢なサボールの身体を傷つけてしまわないよう気を付けながら、ウッドは両腕に力を込めて抱いた。生命を包み育む、大樹の葉のように。
「桐原コズエ……お前は……」
「私は、心を守る大樹のプリキュア。あなたと同じよ」
 サボールの目からひとしずくの涙が零れ落ち、ウッドの肩に弾けた。

 ――ありがとう。

 彼女の身体が光の粒子に変わり、ウッドの中に溶けてゆく、その瞬間――かすかな呟きが、耳をそっと撫でた気がした。
 いつしか天をさえぎる影は消え、月は満ちていた。美しくもどこか悲しい、青の月。
 ほのかな明かりが、闇に溶けていた人物の輪郭を浮かび上がらせた。
「あれが、プリキュアの使命、というものか」
 サボールの最期を見届けたロードは、天を仰いだ。
 青白い月はまるで水底から見上げる太陽のようだ。
「わかっていたとも。奴は、もう一人の私だった」
 その表面に描かれた模様が、少女の横顔に見えた。ロードに“心”を託して消えた、あの少女に。
「お前のくれたこの心が、奴と同じ結末を生むか――それとも、別の未来を切り拓く力となるか――私次第というわけだな」
 少女の横顔はその言葉を肯定することも否定することもなく、ただ空の頂きで輝き続けている。
「だが、負ける気はしない。私は王なのだから」
 波に揺られるように月の輪郭がぼやけ始めた。
 空と森が境界を失い、溶け合いながら遥か彼方へ遠ざかっていく。
 刹那の幻のあと、崩れゆくデザートインフェルノを背にしてウッドとロードは立っていた。
「「ハート……キャッチ」」

 ムウウウウウウウウウウウウウウウウン……。

 その断末魔は、心なしか安らかなものに聞こえた。



「掘り返してる時間はありませんよ」
 黒い砂山と化したデザートインフェルノを前に、キサナが先回りしてクイーンに釘をさす。
 実際、ディープワールドの効果で一時的に押しとどめてはいるものの、空間の消滅は目前である。
『残念だが、そのようだね。彼女の研究成果は本当に素晴らしいものだったのだが』
 クイーンの言葉には、損得勘定だけでなく彼女の感傷も入り混じっているように聞こえた。
 執念の陰にあった拭いようのない悲しみを、クイーンもキサナも直感的に知っていたのかもしれない。
「遺すかどうかを決める権利は彼女にありました。そして、彼女ならばきっと――」
『自らとともに葬る、か』
 黙祷するように目を閉じ、クイーンは呟いた。
『サボテンの花言葉は、≪枯れない愛≫。彼女も本心ではきっと、それを求めていた気がしてならないよ』
「私も、そう思います」
『……とにかくご苦労だった。全員、気をつけてその場を離脱してくれたまえ』
 クイーンからの通信が切れ、キサナがふうと息をついた、ちょうどその時――。
「あれ、何かな」
 ブレイブが指差す方向、空に開いた穴から極彩色の光の階段のようなものが伸びてくる。
 その光景を目にしたウッドは、引き寄せられるように前へ歩み出た。
「聞こえる……呼んでる。私の時代の“こころの大樹”が」
「どうやら、この空間はウッドさんの時代とも繋がったままになっていたようですね。不完全なタイムワープが、結果的には幸いしましたか」
 急造品のタキオン測定器を操作しながらキサナが言った。
「帰れるんだ、私」
 ウッドはほっと胸を撫で下ろし、それから少しだけ寂しげな顔をした。
「せっかく、みんなと会えたのに。もっと色々話をしたかったわ」
「私たちもです」
「ついさっき会ったばかりなのに、残念ですよね~……」
「本当にね。未来の世界も、結局見られなかったし」
 別れを残念がるキサナとブレイブを掻き分けて、ロードがずいとウッドの前に出た。
「平気だ。100年や200年経ったところで、人間も世界も大して変わり映えせんからな」
「はは、そうかもね」
 ウッドが笑いをこぼし、ロードも白い歯を見せて微笑んだ。
「ありがとう、王。ありがとう、みんな。――向こうに帰っても、きっとくじけずに戦うわ。ちっぽけな私の“今”から、未来という大樹が繁るように」
 木漏れ日のような揺らめく光に包まれ、ウッドの姿が徐々に霞んでいく。
「おい、コズエ」
「ん?」
 ロードの言葉に応える彼女の声も、もう遠くぼやけて聞こえた。
「忘れるなよ。元の時代に帰っても、お前は私の家来だ」
「あのねぇ……素直に、“トモダチ”って言えばいいの!」
「ふん。今度会ったら、そう呼んでやる」
 それきり、言葉は返ってこなかった。
 しかし、ロードはどこか満足そうに、天へ昇っていく光を見つめていた。

「では、先導は頼みましたよ。イフ」
「うん!」
 マシンクロスフューチャーに跨ったブレイブが次元の裂け目に飛び込み、その後に4台のデザートバイクが続いた。スナイダー部隊が乗っていたものを妖精オールンの力(物質転送)で取り寄せたのである。
 ブレイブの後部シートにキサナが座り、スピリットポリスはデザートバイク3台に分乗。最後の1台はメノウが操縦し、後部にロードを乗せて走る。
 もちろんデザートバイクに次元を移動する性能は無いが、クロスフューチャーから後方へ向かって次々と発せられる光のリングが一列に連なってトンネル状の力場を形成し、その中を走行していく。
「そういえば、マスカーは……」
「大丈夫。死んじゃいませんよ、きっと」
 ブレイブたちの遥か後方で次元の裂け目がぐにゃりと歪み、渦を巻きながら消滅した。
 あの向こうにあった砂漠も、時空の果てへと四散していったに違いない。
 ――こうして、過去と未来が交錯する“時の砂漠”におけるプリキュアたちの戦いは、終結したのである。


<チャプター5→エピローグへ>


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