クロスオーバー! フレッシュプリキュア! クロス†オーバー 第25話(その2)

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フレッシュプリキュア! クロス†オーバー 第25話(その2)




湖の直上。
パッションは、直径にして10メートルほどの、赤黒い光球の内部に閉じ込められていた。

「空間を歪める絶対障壁とは、オマケ、副産物のようなものですわ。……わたくしの、真の力は」

そこは、恐るべき空間だった。凄まじい圧力が、全方位からパッションの身体を押し潰そうとする。
咄嗟にアカルンの力でバリアを張り巡らせたものの、とても長く持ちそうにはない。

「――重力!」
「ご名答ですわ♪」

赤い輝きは重力偏移によるものだ。
質量を伴わず、内向きの強烈な圧力のみを持つ幽体恒星。

「これがウィッチ・ティノラの“毒リンゴ”……逆立ちしても、逃れられませんわよ?」

湾曲された空間からの脱出に、アカルンのワープは使えない。

(このままじゃ……潰されるわ)

パッションの顔に浮かぶ焦りを、ティノラは心底楽しんでいるようだった。
赤い球を抱えるように両手を広げ、彼女は高らかに叫んだ。

「皇帝より授かった、この禁断の力! 魔人の力という果実を貪ったわたくし達は、永遠に闇をさ迷う亡者となった。……しかし、それこそが真理なのですわ!!」

重力嵐の只中に捕らわれた、パッションにも聞こえるほど声を張り上げ、ティノラは語り続けた。

「わたくし達は、戦いという永劫地獄を進むことを、宿命づけられた存在なのだから。……その闇の頂点に立つ者こそ、真の戦士! 真のプリキュア!! 違う? 違いませんわよ!!」

興奮と歓喜、陶酔に満ちた表情。その頬は紅く上気していた。



「そう。あんた達が、あんた達“だけ”がここまで生き残れたのは、真の戦士たる資格があったからさ」
「真の戦士……ですって……?」

巨大な岩を押し退け、ふらふらと立ち上がったベリーの肩を、見えない矢が刺し貫いた。
動けなくなった獲物を痛ぶるように、故意に急所を外した射撃。

「くだらない希望なんて、願いなんて、捨てちまいな。そんなもん、これから生きていくのに、なんの足しにもなりゃあしない。私達に必要なのは、力だけさ」

羽ばたく力も無く、ベリーはピラミッドの石段を転げ落ちた。
それでも、彼女の目は頭上のハーピーを、臆することなく見据えていた。

「……笑わせるわよ」
「いいか。先輩のアドバイスってのはね、素直に聞いとくもんだ」

空気の矢が、今度はベリーの脚を貫いた。

「あ……くっ!!」
「私達に、希望なんか与えられやしない。あるのは最初から、絶望だけさ」



夢幻の歌姫、セイキュバスの魔性のアリア。
音波と精神波の二重奏。その響きに魅入られれば、二度と再び這い上がることを許さない……永遠の眠りと、快楽の淵へと、標的を誘う。

「キュアスティック……パインフルート!」

混濁する意識の中、パインは必死にキルンの力を喚び出し、セイキュバスの攻撃に拮抗させた。
音には音を――。
だが、魔人の力は防げても、耳に届く旋律そのものが持つ幻惑作用までをも防ぐ力は、フルートには無かった。

『イーナはもう、誰のためにも歌わない。自分のためだけに、イーナは歌うんだよ』

パインの視界が歪み、渦巻く。散らばった無数の色彩が、交錯し、意識を掻き乱す。

「あ……あ……!?」

押し寄せる刺激と酩酊感。
精神感応によって伝わるイーナの“声”は、それ自体が天上の音楽のように美しく、甘く、心地良い。

『誰も、イーナのために歌ってくれなかったんだよ。いっぱいお祈りしても、誰も聞いてくれなかったんだよ』

イーナの頭部から伸びた翼が、微細に震動し、その歌声をさらに増幅する。
聖堂の壁面に埋め込まれた、冷たい銀色のパイプオルガンもまた、その響きに共鳴して思い思いの旋律を奏でた。

『だから、セイキュバスの歌を歌うんだ。そうすればみんな、イーナにこたえてくれるから。……世界が終わるまで、ずっと、歌うんだ』



「グレイブトンファー!」

正面から大鎌の斬撃を受ければ、無双鉄棍の異名を持つ、このトンファーですら危うい。
そう判断したグレイブは、その切っ先を受け流すように弾き、再びタナトスと距離を置いた。
やはり、加減をして戦えるような相手ではない。グレイブは心の中で舌を打った。

「ルイ・ルー・ルルエ……」

タナトスが魔導の文言を唱え、クイーンズジャッジを吹き奏でると……柱に灯った無数の炎が、彼女の周囲に幾重にも作り出した分身……影達が一斉に地面を離れ、垂直に立ち上がった。
踊るように輪を囲みながら、グレイブに迫る黒い呪詛の使徒。

「――マニューバーCJ!」

グレイブの全身に、紫色の魔眼を象った紋様が浮かぶ。
その瞳から一斉に、紅い光条が放たれた。
全方位を見通す“サイクロプス”の眼光に射抜かれ、影達は瞬く間に消滅した。

「……ほう」

身を翻したタナトスを追って、グレイブの念が光線を屈折させる。
超指向性、無数のエネルギーレーザーが檻のように退路を阻み、四方八方から標的を襲った。

(武器と変身アイテムさえ、破壊すれば……!)

だが、タナトスは涼しい表情を浮かべたまま、指を打ち鳴らした。

「女王を護れ、命の霊石」

タナトスの胸と背にあしらわれた緑のクリスタルが、装衣を離れて宙を舞う。
十一の欠片に分かれたそれらは、主の周囲を生き物のように飛び交い、グレイブが放ったレーザーを次々と受け止め、反射した。
……使えるマニューバーは、もはや残っていない。
遠距離戦も通じないとわかると、グレイブはレーザーをタナトスの正面、その一点に集束させた。

(次の一撃で――)

当然、クリスタルも一箇所に集結し、視界を遮る障壁となる。
その一瞬の隙を突いて、グレイブはタナトスの背後に回り込んだ。

(クイーンを――)

神経の集中がもたらす、何十倍にも引き伸ばされた時間の中で……タナトスがゆっくりと、こちらを振り向く。
長い髪が翻る。髪に飾られた、大きな鈴が揺れる。……冷たく、寂しげな声を上げて、鈴が泣いている。
横薙ぎにしたトンファーの速度が、僅かに鈍った。

「――甘い」

気付いた時には、鈴の音と重なるようにして、女王の旋律が流れていた。

「グール・グル・グルタグラム……」

グレイブが振るったトンファーは、タナトスの胴をすり抜け、宙を泳いだ。
女王の装衣が、肉体が、目の前で無数の黒い羽ばたきに変じていく。
――胡蝶の群れ。
黒い夢見鳥が振り撒く、銀の粉末に触れ、グレイブの装衣がたちまち白煙を上げる。

「く……あっ!?」

もがき苦しむグレイブをよそに、再び人の姿に集束したタナトスは、三たび指を打ち鳴らした。
床に伸びた影の中から、等身大の黒いリンクロスが幾つもせり上がってきた。
それらはタナトスの周囲に浮かび上がり、空中で四つの大筒に変形した。

「ファイアー・オフ」

一斉に撃ち放たれた光の奔流を、グレイブは極限の反応で回避した。
だが、後方に回り込んだクリスタルが、その背に向けて光線を反射した。
――直撃。

「! ……!!」

包囲陣を組んだ結晶群は、その中心に向けて、タナトスの砲撃を無数に乱反射させた。
先程とは正反対の構図だった。
悲鳴を上げる間もなく、網目のような光芒が、グレイブの全身を撃ち据えた。
頭を、手足を、胸を腹を焼いた。炎の塊と化して、床に転がした。
息も絶え絶えとなったグレイブを見下ろし、タナトスは冷笑した。

「そんなことで……何が救えるというんです」

侮蔑の視線をグレイブに向けたまま、タナトスは己の頭上を指し示した。
天井に描かれた文字盤の中心。重々しい音を立てて、巨大な針が僅かに動いた。

「あの針が一周した時。全ての世界は消滅し、引き換えにトワイライトが復活します。私の千年の願いが、果たされるのです」

タナトスの陶然とした語りに後押されるようにして、時計の針は着実に、原初の位置を目指していた。

「わかりますか? プリキュアが追い詰められるほど、あの針の動く速度は少しずつ上昇しているのです」
「な……に……?」
「思った通りでした。プリキュアは人々に力を与え、人々もまたプリキュアに力を与える。……なら、その逆もまた然り。プリキュアの力を奪うことは、人々の力を奪うことでもある」

タナトスがプリキュアの戦いを全世界に投影した狙いは、まさにそこにあった。

「プリキュア五人を倒すだけで、それを目の当たりにした全ての世界が、絶望に包まれることになる。抗う力、希望というそれを失った生命は、瞬く間にエネルギーの奔流へと同化されていく。……あなた方は、いわば、“生け贄の生け贄”です」

全てのパラレルワールドを覆った、グレイブフィールドγ。
魔人“ユグドラシル”の力により、呑み込まれたものは物質としての形を失い、純粋なエネルギーへと変換される。
町も、人も。
空も、大地も、海も。
その現象はもはや、誰の手によっても押し留めることのできない領域まで加速していた。

「もう、十分でしょう。……わざわざトワイライトまでご苦労でした。褒美として、あなたに永遠の安息を与えます」

頭上に振り下ろされたギロチンの刃を、グレイブは蒼い炎の棍で受け止めた。

「そうは……いかない」
「立ち上がりますか。一分、一秒でも早く、トワイライトを甦らせるために?」
「……私が立ち上がるのは、あなたを止めるためだ」
「寝言は聞き飽きましたが」

ミラージュマフラーを纏ったグレイブトンファーが、クイーンズジャッジをジリジリと押し返す。
炎を照り返し、蒼く煌く刃が、その眼前へ迫る。
だが、タナトスは小さく溜め息を吐いただけだった。

「トワイライトの戦士であるキュアグレイブが、女王に逆らえるとでも、本気で思っていたのですか?」
「な……」

クイーンズジャッジに口付け、タナトスは再びそれを吹き奏でた。
死神の横笛。死に絶えた荒野を吹き抜ける、冷たい風の音。
その旋律に呼応するように、グレイブの左腕……リングルンのエネルギーメーターが、瞬く間に下降していく。

「そん……な……!?」

終止符を打つように、タナトスの髪の鈴が鳴り響く。
グレイブの装衣が石のような灰色に染まり、ひび割れた。
炎のマフラーは掻き消え、トンファーはあっけなくへし折れた。

「リングルンの機能を凍結するコードですよ」
「くっ……はぁっ……!」
「そもそもリングルンは、トワイライトを甦らせるために……トワイライトのクイーンである、私が使うために造られたもの。あなたはほんの一時だけそれを借りて、自分の力と錯覚していただけに過ぎない」

タナトスの言葉に圧されるように、岩のように重くなった体を引きずりながら、グレイブは後ずさった。
崩れ落ちる装衣。
そこにプリキュアの姿は既に無く、ひとりの少女、黒須メイが、震える足で立っていた。

「返してもらいますよ。トワイライトの心臓を……冥王の玉座を」

襲い来る大鎌の斬撃を、メイは咄嗟に左腕で防いだ。
中枢を十字に切り裂かれ、リングルンの内部から、エメラルドに輝く塊が露出した。
――夜鉱石。
特殊な加工を施すことで、ほぼ永久にエネルギーを発し続ける、トワイライトの命ともいえる宝石である。
その最後の一個は、リングルンの内部に組み込まれていた。

「あなたをここに招いた理由が、これです。……確かに届けていただきましたよ。最後のピースを」

掌に降りた輝きを満足そうに一瞥すると、タナトスはメイに視線を戻し、ゆっくりと大鎌を振り上げた。

「……享受せよ、明日無き終焉のプレリュード」

蛇の鳴くような音を立てて、刃に黒い鎖が巻き付いていく。

「今度こそ、お別れです」
「――!」

薙ぎ払われた大鎌が生み出す、一陣の衝撃波がメイの胴を寸断し、そのまま背後の石壁を抉った。

「……んっ?」

メイの体が蜃気楼のように揺らぎ、霧消する。
その瞬間、実体はタナトスの背後に回り込み、折れたトンファーの先端を、その頭部へ向けて引き絞っていた。
同じ相手には、一度しか通用しない小細工。正真正銘の奥の手だ。

(これが最後の……みんなの生きる世界を救う、最後のチャンスだ)

もう迷いは無かった。もとより、迷いは許されなかった。
タナトスが振り向く。
……その顔を狙って、鉄の棍を突き入れる。


<メ……イ……>


タナトスは、その変身を解いていた。
両の目を閉じ、メイの一撃に身体を晒していた。
深紅のマフラーがゆっくりと揺れる。
鈴の音が――。

(……トワ……)

時が止まった。

「――ばか」

開かれた両目は、憐れみの色を宿していた。

「!? ……!!」

我に返った時、メイの胸はクイーンが振るった刃によって、袈裟に切り裂かれていた。


***


「メイィィィィィィィィっ!!!」

血を吐くようなヨミの叫びさえ、漆黒の空は無情に吸い上げてしまうようだった。
周りを囲む民衆と同じように、彼女もまた、力無く膝を突くしかなかった。
クローバータウンストリートに限らず、同じ光景はあらゆるパラレルワールドで繰り広げられていた。
絶望の渦中で……全ての世界は、今まさに、消滅しようとしていた。


『……めないで……』

それは、唐突だった。
パラレルワールドを繋ぐ回線に、微細な、イレギュラーが入り混じった。

『あきらめないで……ください』

それは消え入りそうな、僅かなノイズだったが――。

『皆さんの願いは、プリキュアのもとに届きます。いえ、必ず届けてみせます。だから最後の最後まで、そのハートの光を消さないで……!』

希望をもたらす、澄み切った鈴の音のような響きだった。

「この声……!?」

ヨミは耳を疑い、隣で天を仰ぐ己の娘へと、その視線を移した。
空を見つめたまま、ナラカは首を横に振った。

「帰ってきて、くれたんだよ」

彼女の横顔は、確信に満ちた微笑を浮かべていた。

『最後の最後まで、明日を生きる願いを失ってはいけません。……それが必ず、プリキュアの力になります』

その言葉が終わるのとほぼ同時に、空を覆ったスクリーンは沈黙し、世界は暗黒に閉ざされた。
終焉の時が来たのだ。
……だが、ナラカの瞳から流れ落ちた雫は、その闇に小さく、確かな光を纏って輝いた。

「ああ……そうだな。メイを頼んだぞ……もうひとりの、私」


***


斬り口から血のように溢れ出した“闇”は、メイの足元に、瞬く間に黒い円を広げた。

「小賢しいことを……」

クイーンが取り出したミラージュイスローンが、小さな緑の光球を、その鏡面に吸い込んだ。
それは、身代わりの幻影を映し出していたミドルンだった。

「時間です」

重々しい鐘の音が、グレイブタワーの内部に鳴り響いた。

「聞こえますか? トワイライトの復活を告げる、この響きが」

時計の針が歩みを止める。
それは、ここトワイライト以外の、全ての世界の時が止まったことを意味する。
――それはすなわち、死である。

「ご……っ」

メイの体内を侵蝕した闇が、押さえた口元から流れ落ちた。
それらは黒いセーラー服を、さらに深い暗黒へと染め上げていく。
床に転がったトンファーは、先に朽ちた装衣の後を追うように、一握りの砂となって崩れ去った。

「トワイライトを除いて、全ての世界は完全に消えた。……いや、もともと存在しなかったのですよ。方舟となったこの世界の時間は、遥か古代へと回帰します。新しい歴史が、今より生まれるのですから」

小さな泉ほどにも広がった闇の中心へ、メイの体はゆっくりと沈み込んでいった。

「あなたも、トワイライトの礎のひとつとなるのです」
「……!!」

メイの半身は既に呑み込まれ、言葉を発することさえ叶わなかった。
クイーンに向かって伸ばした手に、赤い布切れが絡みついた。
解き捨てられたマフラーだった。

「幸運でしたね。こうして異なる世界に居ながら、故郷と共に最期を迎えられるのですから」

クイーンの言葉が終わるのと、ほぼ同時だった。
メイの視界が、意識が、全てが暗転し、闇に閉ざされた。
――それは、すなわち――。



「あなたの言ってることはわかるよ。絶対になくならないものなんてない。絶対に挫けない心なんてない」
「…………」
「でも、あなた達はそこに逃げているだけだよ。あたし達は越えてみせる。あなた達が諦めた過去を。……それが、明日を生きるってことだから!」

突きつけられたランサーを跳ね除け、ピーチは立ち上がった。
その勢いのままに、渾身の力を込めた拳を、バルキリーに向けて叩き込んだ。
が、

「どうとでも言える。口先ならば」

気力を振り絞った一撃もまた、それを反射する盾に阻まれるだけに終わった。
再び衝撃がピーチの全身を打ちのめし、彼女は大きく後方へ弾き飛ばされた。乾いた大地を何十メートルも転がり、砂まみれになって大の字に横たわった。
もはやその身体に、一滴の活力も残されてはいなかった。

(動け……ない)

頭上の“地球”は、夜の側に差し掛かっていた。
闇に覆われた海と大地は、いまピーチ達の世界が晒されている状況とだぶって見えた。

(あたし達の……世界……)

傷だらけの手を、ピーチは天へ伸ばした。
広げた掌に隠れてしまいそうな、小さな水の球。

(あたしにはもう、力は残ってない。……でも……でも)

でもそこには、この暗黒の空を越えて、どこまでも羽ばたいていけるほどの。

(あたしは……ひとりじゃない……から)

愛と、夢が満ちている。


「――!」

小さな砂煙が空に伸びた。
飛び立ったピーチを追うジュカの視界は、次の瞬間、白く潰された。
こちらへ向かってくるピーチの輪郭が、激しい光を放ったのだ。
――いや――。
地球の陰から顔を出した、太陽の光が、その背中を強く押していた。

「ふぅあああああああああああああああああっ!!!」

命を育む輝きが、ピーチの全身に力を行き渡らせる。
光の波とひとつになり、その拳は光速すらも越えた。


「なんと……!!」

乾坤一擲。
打ち込まれた右腕の一撃は、攻撃を反射する無敵のシールドに、容易く亀裂を走らせた。
――“返し切れない”。


「プリキュア……ラビング・トゥルーハートッ!!」


カウンターを狙って繰り出した、ランサーの刺突もまた……ピーチの左掌に輝く、“愛”によって阻まれていた。

「それが、真のハートの力か……その愛で、全てを救えるとでも言うか」

盾に矛に、全身を覆う鎧に亀裂が広がっていく。
ピーチの両手から迸るプリキュアの力が、凄まじい勢いで魔力を浄化しているのだ。

「……だが、戦士は己の力で、己を救わなければならない……!」

ジュカは漆黒の翼を大きく広げ、全身から放つ魔人の邪気を持って、ピーチに対抗した。

「愛や他者を頼めば、必ず限界を迎える!」
「……逆だよ」
「なに?」
「大切なもののためだから、自分を越えられるんじゃない」

無数の業を造り出してきた矛が。絶望だけを守り、生き永らえさせてきた盾が。希望を戒め、封じ込めてきた鎧が。
全てが形を失い、光に融けたようだった。
それは一片の容赦も無い、愚直で純粋で抗いようの無い、ただ愛だけに満ちた“救い”だった。



「アカルン!!」

超重力の牢獄に、木霊する召喚の叫び。
“毒リンゴ”の内部に、二重となる形で、赤い光の球が生じた。
その輝きがパッションを包み込むと……次の瞬間、その真下の湖面が大きく弾けた。

「なに……?」

波間に現れた姿は、黒髪の少女……東せつなである。

「まぁ……これは、驚きましたわ」

ティノラは一瞬だけ、僅かに意表を突かれたという表情をしたが、愉悦の笑みは消さなかった。

「自ら変身を解き、妖精の力を全て空間制御に回した……脱出手品の種は、おおかたそんなところですわね?」

せつなを見下ろしたまま、帽子のツバを人差し指で、得意げに押し上げた。

「けれど……その姿で、どうやってわたくしを倒すおつもりなのかしら?」

己の勝利を確信し、足元でもがく弱者を見下した笑い。

「幸せだの、願いだの! そんなものを求め、すがるような者が、わたくしに勝ることなどありえな~~いのですわっ♪」
「……あなたは、自分を見失っている」
「は?」
「力に操られているだけの怪物よ」

濡れた髪を桜色の頬に纏わせながら、せつなの瞳は強い意志の輝きをもって、ティノラを見据えた。

「私は、自分が守りたいと思った幸せを、願いを、見失ったりしない。それが、本当の強さだわ」
「……ふ~~んっ」

魔女の口元は、先程までと変わらぬ笑みを湛えていたが……その瞳には、冷たい怒りの炎が燃え上がろうとしていた。

「なら――勝ってご覧なさいッ!!」

ティノラが杖を翻すと、三日月型の真空波が水面を切り裂き、せつなに猛然と迫った。
その煽りを喰らった“リンゴ”が風船のように破裂し、飛び散った閃光で、湖全体が赤く染まった。
舞い上がる水飛沫が、両者の姿を包み隠した。



(負けるわけには……いかないの……みんなが、待ってるんだから……!)

フルートを使い、セイキュバスの歌の対旋律を奏でることで……パインは夢魔のメロディを中和し、辛うじて精神の支配を免れていた。

『アハハハ……いいよ。もっと歌って……イーナも、もっと歌うよ!』

イーナは嬉々としながら、胸に抱えた枕をくるりと裏返した。
動作に呼応して、枕の側面から棹が伸び、弦が張って、楽器を思わせる形態へと変化する。
小さな指が弦を爪弾くと、さらに強化された振動波が放射された。
その威力はパインフルートを瞬く間に無力化し、エネルギーに分解、消去した。

「ううっ……!」

物質を破壊する振動波と、精神を蹂躙する感応波との同時攻撃に、パインは頭を押さえて両膝を突いた。
その様子を目の当たりにして、イーナは無邪気に笑った。

『だって、祈りなんて、届かないもの。壊してあげるよ。イーナの歌でぜんぶ、壊してあげる』
「違う……違うわ!」

苦悶の表情を浮かべながらも、パインは叫んだ。

「都合のいい力に頼ることじゃないの。自分や、大切な人達のことを信じなきゃ。……そうすればきっと、あなたの祈りは届いたはずよ!!」

その声に応えるように、彼女の頭上に小さな光が瞬いた。
祈りの鍵――キルン。

「――あっ!?」

イーナの耳当てが弾け飛び、空中で砕けた。
放射されていた波紋が逆転し、彼女に向けて集束を始めたのだ。

「なに……これ……なに……!?」

イーナは枕を取り落とし、耳を覆った。


『生きることは、信じること』


キルンの能力、それは言葉の通じない動物と意思を疎通させる、一種のテレパシー能力である。
パインはその力を応用し、イーナの精神攻撃に自らの念を上乗せして、一気に逆流させたのだ。


『わたしを信じる、あなたのことを』


パインの歌声が、その強固な意志が生み出す感応波を伴って、イーナの体を、心を包んでいく。

「あ……こんな……!!」

指を折り重ね、両手を強く組み合わせて、パインは祈った。


『あなたを信じる、わたしのことを』


癒しの旋律を、その喉で奏で上げる。


『わたし――信じてる』



赤い満月の下。
倒れ伏したベリーの頭を、鳥人の足が踏みにじった。
太く鋭い爪が、白い首筋に食い込む。

「……絶望、ですって……?」

だが、ロメアの足の下でベリーが漏らしたのは、絶望の呟きではなく、挑発的な笑みだった。

「あん?」

大きく羽ばたいた銀翼が、刃のようにロメアの頬を掠めた。


「ふん……まだ、飛べる力があったとはねぇ」

魔人が見上げた先……夜空に、月を背負って燦然と輝く、天使の姿があった。

「希望も絶望も、自分で作り出すものでしょ」

赤く淀んでいた月が、蒼い輝きを取り戻したように見えた。

「あたしは負けないわ。……自分にだけは」

頬を伝う血潮の熱を感じながら、ロメアは狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
身体の内から溢れる生命の雫、その匂いが、魔鳥の獰猛さを加速させる。

「引き裂いてやるよ……バラバラにねッ!!」

大地を蹴って急上昇すると、ナイフのように鋭利な手足の爪で、獲物の首を狙った。
だが、ベリーはその攻撃をことごとく掻い潜り、合間を縫って繰り出される蹴撃は、逆にロメアを脅かした。
主の闘志に応じるように、ベリーの翼が先鋭化し、スピードを跳ね上げている。
その機動は遂に、鳥人ハーピーを凌駕しつつあった。

「ハ! やるじゃないか……!」

乾いた唇を舌で濡らすと、ロメアは空中で大きく後退し、距離を開けて敵と向かい合った。
空中戦で自分が遅れを取るなど、あるはずが無い――あってはならない。
真正面に標的を捉え、持てる力の全てを両翼に絞り込み……羽ばたきに換えて、一気に解き放った。
対するベリーもまた、避けも退きもせず、翼を大きく広げて全身を加速させた。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「はああああああああああああああっ!!」


大気の壁を切り裂き、全身を一本の矢と化して。満月のもとで、両者の影が交差した。


***


紅い唇が、禁断の函にそっと口付ける。

「いでよ」

ミラージュイスローンの内部から解放された光は、メイが使っていたものと瓜二つの……クイーンの手で組み立てられた、もう一つのリングルンだった。
空洞となっていたその中枢に、最後の夜鉱石がセットされる。
円環型のメーターが限界まで上昇し、充填されたエネルギーに腕輪全体が震えた。
クイーンは起動したリングルンを己の左腕に嵌め、天にかざした。


「廻れ――サーペンタイン」


タワーを大きく揺るがす鳴動と共に、かつての都を取り巻くようにして、トワイライトの大地がリング状に隆起した。
時の流れ、世界のことわりに逆らうには、途方も無い力を一点に集め、完璧に制御することが必要となる。
それを可能とする道具……地底から現れたのは、尾を食む蛇を象った、直径数十キロのリングだった。
――“サーペンタインの輪”。
一種のエネルギー加速器であり、超巨大なリングルンのコピー。クイーンの身に付けたオリジナルと同調し、記憶を基にした世界再生を行う。
リングルンの持つグレイブフィールド生成能力の、本当の意味……文字通り、世界を成すためのシステム。
死を運ぶ天使の輪であり、あるいは過去と現在とを繋ぐ、時の円環。また、全てのはじまりとおわりを呑み込んだウロボロス。

「メビウス、インフィニティ、そしてこの私と、いまひとつに」

付着した土砂、黒く錆び付いた表層を吹き飛ばし、黄金の輝きが溢れる。
主と共に、悠久の時を眠り続けた蛇龍は今、完全に目を醒ました。
全パラレルワールドを変換したエネルギーを、メビウス、インフィニティによって管理し、サーペンタインの加速によって“無限”の壁を越える。
その瞬間、全ての因果は覆り、死した世界の再生は成される。

「あと……すこし」

クイーン・トワイライト13世による千年を懸けた計画は、今、遂に結実を見ようとしていた。


***


ティノラが放った真空波は、せつなの両脇を駆け抜け、湖の対岸にふたつの鋭い爪痕を刻んだ。
両脚を寸断された鳥居がゆっくりと傾き、倒れ込む。
飛沫を上げて着水したそれを、波打つ湖面がゆっくりと呑み込んでいった。


「……! ……!!」

せつなに向けて、何かを叫ぼうとしたティノラの口が……ぱくぱくと、声にならない言葉を吐き出した。
その胸には、白いダイヤを象ったラビリンスのカードが、深々と突き刺さっていた。
せつなの放ったカードが真空波を両断し、ティノラの胸を貫いたのだ。

「赤い禁忌の魔女、ティノラ……忘れないわ」

もがき、宙を掻くティノラの両手が、半透明に変わっていく。
魔人を構成していた暗黒物質の結合が解け、再び虚空へと還り始めていた。
驚くほど軽い音を立てて、その身体は湖に沈んだ。
波間に残された赤い帽子を、せつなはじっと見つめていた。

「……さようなら」


沈みゆくティノラにとって、力で高みに立つためだけに生きてきた彼女にとって……消滅よりも、天から引き離され、暗い淵に落ちていくことが何より恐ろしかった。

(嫌……あっ……!!)

悲鳴は気泡となり、己を見捨てて昇っていく。
水面を透かした月の光が、みるみるうちに遠のいていった。
だが、深淵に向かう彼女の傍らに、孤独と絶望を払うように輝くものがあった。

(なん……ですの?)

光を纏った羽根。
キュアエンジェル、パッションが落としたものだ。
その力強い輝きを目の当たりにして、ティノラの胸に燃え上がる感情があった。
消えゆく体の真ん中で、遥かな時を越えて、再び叫びを上げるもの。


『負けない……負けませんわよ!!』


自分の目から、魔人にはあるはずの無い感情の発露……悔し涙が流れていることに、ティノラは気付けなかった。
ただ、冷たい水中にあって、不思議な懐かしい熱を全身に感じていた。
――また這い上がってやる、あの高みまで――。


『次は絶対、負けないんだからっ!!』


最期のとき、彼女の顔は未来へ向かう、ひとりの少女のそれに戻っていた。



輝く無数の羽根。
吹雪となって夜空に舞うそれらは、月の銀光を受け、星屑のように煌いていた。

「――キュアスティック」

交錯する刹那、実体化したブルンの力が、ロメアの胴を霞斬った。
……居合いのベリーソード。

「が……う……おおおおッ!!」

込み上げる黒血を吐き散らしながら、ロメアは紺碧の弓を引き絞った。
が。
振り向いた時には、背後に肉薄したベリーが――大上段に構えたソードを、縦一閃に叩きつけ――弓ごと、その体を一刀両断していた。


「エスポワール……シャワー」


蒼い光の雨に打たれ、地に堕ちるハーピー。
横たわった巨大な翼は、二度と羽ばたくことは無い。

「く……ふ……はははっ」

両腕で自らの肩を抱き、左右に分かたれた身体を繋ぎ止めながら、ロメアは笑った。

「あんたは強い。……自分の行く末を、自分で決める資格がある」
「そんなの誰だって同じよ。あなたはそれを、誰かに決められたことにしたかっただけでしょ」
「ふふ……そう……かもね……。いいさ、そのまま進めるだけ、進んでみるがいい。……あんたの希望ってやつ、認めてやる」
「ハーピー……ロメア。あなたは本当に、そうして生きるしかなかったの?」

ベリーの問いかけは、既にロメアの耳には届いていなかった。

「先に……冥府で……待っててやるよ」

遥か頭上のベリーに向けて、ロメアは無意識に手を伸ばしていた。へし折れた爪が宙を掻いた。
彼女が失ったものが、そこにあった。飛べなくなったのではない。飛べないと思い込んでいたのだ。
ベリーの姿に重ねて、風を纏って羽ばたく一人のプリキュアの姿を、ロメアは幻視した。


(ああ……私は……まだ飛べたのか……)


自分自身に最期を看取られながら、風の魔人ロメアは消滅していった。



へし折れた槍、打ち抜かれた盾、砕かれた鎧。
それらの無数の破片が、白い荒涼の大地の、一面を飾り付けていた。
拳を突き出したピーチの遥か前方、大の字に身を横たえたバルキリーは身動きひとつせず、ただ黒い空を見上げていた。


(ここでも、敗けた……か)

いにしえの時代でキュアグレープに敗れ、復活した現代ではグレイブに敗れ、今またピーチに敗れた。
実力で劣っていたとは思えない。その意味ではどれも、自分の慢心が呼んだ結果だったとも言える。
だが、三度の敗北を経た今、ジュカの心は晴れやかだった。
思えば、グレイブに倒された時もどこかで、満たされる思いを感じていた。強敵との戦いに歓びを覚えるのは、戦士として当然のこと……本当に、それだけだろうか。
いや、違ったのだ。
自分は、彼女達の中に見出していた。魔人として戦う間、ずっと探していたもの。
――自分を救ってくれる強者を。自分が捨て去った……捨て去ろうとした愛を、素直に肯定する。できるだけの強さを持った、戦士を。

「はは……あっはっはっは!!」

ジュカは笑った。
腹の底から笑ったのは、どれくらいぶりだろう。
唐突なことにピーチは驚き、目を丸くした。

「一人前に説教などをして済まなかった。貴様達を見習って、私も鍛え直そう」
「え……え!?」

戸惑うピーチに背を向けて、ジュカはすっくと立ち上がった。
全身に負ったダメージを微塵も感じさせない、綺麗な立ち姿だった。

「……さらばだ、新たなるプリキュア。伝説を越えた戦士達よ」

次第に霞み、溶けるように消えていく背中。
その一瞬、ピーチは目を見張った。
漆黒に染まっていたバルキリーの翼が、白銀に輝いて見えたからだ。


「バルキリー……ジュカ」

生きている限り、それ自体が戦いの連続であることに間違いは無い。
だが、自分が見送った戦士もまた、ここではない新たな戦場へと旅立った。……舞い戻ったのだと、ピーチは思った。



「イーナ……!」

倒れ込もうとするイーナを、パインの腕が抱きとめた。
その身体は既に、羽毛のように軽かった。

「……イーナ」

イーナの唇が、微かな動きを続けていた。
まだ、彼女は歌い続けているのだ。自分のために。自分の鎮魂歌を。

「…………」

遠のいていく息遣いに寄り添うように、パインは口ずさんだ。
それは傲慢だったかもしれない。それでも、祈らずにはいられなかった。
彼女の孤独が、少しでも癒されることを。
もしも。同じ時代に、同じプリキュアとして生きられたなら。
あるいは一緒に歌い、笑い合うこともできたのかもしれない。そんな夢を、描かずにはいられなかった。

さらば、ダークルン四姉妹。
瞳に映るその姿が、腕に感じる命の重みが消え失せても、パインは歌い続けた。


――Happy together.





<その3へ>




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