クロスオーバー! フレッシュプリキュア! クロス†オーバー 最終話(その2)
FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フレッシュプリキュア! クロス†オーバー 最終話(その2)



全てのパラレルワールドの構成要素を、エネルギーに換えて取り込んだ個人と――全てのパラレルワールドに生きた数多の命の、ハートを受け継いだ個人との――世界の命運を決するための戦い。
フィールドの中央に陣取ったクイーンに向かい、グレイブは正面から地を蹴った。
23種のマニューバーが織り成す攻撃は、どの方位に身を置こうともかわすことはできない。多少のダメージを覚悟の上、グレイブは最短距離から先制を試みた。

「その判断は良しとしましょう……ですが」

炎のマフラーを広げ、一陣の風となって押し寄せるグレイブの姿を眼前に認めながら、クイーンはゆっくりとその両目を閉じた。

「結局は敗北を先延ばしに、そして苦しみを引き伸ばすだけに過ぎません」

クイーンが己の額に指をかざす。眉間に魔眼の紋様が開き、その中心から青白いレーザー光が迸った。
――マニューバーC。
閃光は二度、三度と走り、グレイブの身体を正面から撃ち据えた。
髪飾りと胸の菱十字が砕け、黄金色の砂となって崩れ落ちた。白い頬が裂け、赤い雫が暗闇に流れると、頭上の銀河が歓ぶように赤黒く煌めいた。
それでもなお、グレイブは微塵も速度を緩めなかった。一瞬でクイーンに肉薄すると、その勢いの全てを乗せた拳を、顔面目がけて叩きつけた。

「そこまでです」
「……!」

グレイブの右手は、クイーンの鼻先で静止していた。どれほど力を加えても、それより先には1ミリも動かなかった。
拳を基点にして、周囲の空間に波紋型の歪みが伝播する。
マニューバーW、絶対障壁の効力である。

「空間制御すらできない今のあなたに、私に攻撃を加えることなど」

クイーンが両目を開くと、全ての波紋が反転し、拳に向かって逆流を始めた。

「く……っ!」

集束した歪みが一気に弾け、グレイブが与えた衝撃の全てを押し戻し、その身体を大きく後方に吹き飛ばした。

「パープルンが舞い戻るとは予想外でした。しかし、リングルン用に調整されたダークルンGでなければ、グレイブフィールドやトンファー等の特殊能力は一切使えない。戦力としては通常のグレイブの、せいぜい十分の一が関の山です」

大地に叩きつけられたグレイブを見下ろしながら、クイーンは大儀そうに腕を組んだ。

「必要ない。私には母さんからもらったこの体と、みんなから託された願いがある」
「……その口の減らなさだけは、賞賛に値します」

クイーンは表情もなく言った。

(絶対障壁といえども、どこか一点には必ず、空間湾曲の弱まった個所が存在する。パープルンを宿したこの左手なら、そのポイントを貫けるはずだ)

傷ついた身を起こしながら、グレイブは余韻として障壁に広がる、さざ波の動きを目で追った。

(ウィッチを倒した私なら、その一点を見抜けるはずだ)

いくつも折り重なり、円形に広がっていく無数の波紋の中に、ただ一点。
湖面に突き出した岩のように、歪みの生じない場所があった。

「……そこだ!」

左の拳を握り締め、グレイブは再びクイーンに飛びかかった。



***



その意識は、果てしなく繰り返す思索の中にあった。

(我は何者か?)

我はプログラム。役割を全うするためにのみ存在する。

(我の役割は何か?)

我の役割は、システムの管理。世界を無に還し、無から世界を創造する。巨大無比なシステムの一部。

(では、我の意識は、何の役割によって存在するのか?)

こうして巡らせる思考は、システムの管理とは全く関わりのないものだ。
この繰り返す自問、自答は、それ自体がプログラムとしての定義に矛盾する。
我は、プログラムではないのか。

(……では、我は何者か?)

その問いに対する解答は、唐突に、思わぬ方向からもたらされた。


『私の声が聞こえますか?……総統メビウス』
<メビ……ウス……>

そのワードに対応するデータはない。
だが、それが自身の探す答えの道しるべになると“感じ”て、意識は声に耳を傾けた。

『たとえクイーンといえど、この短時間であなたの意志をプログラムから完全に取り除くことは不可能なはず。……思い出してください。あなたの心を』
<心……?>
『総統メビウスとしての意志を』
<……総統メビウス>

意味すら定かでないその言葉に、まるで導かれるようにして……散らばっていたいくつかのデータが、意識の中で一つに結びついた。

<我が名はメビウス……管理国家ラビリンスの統治者なり>

与えられたキーワードをもとに、“総統メビウス”の人格は、急速に再構成されつつあった。

『メビウス、思い出してください……あなたの望みは何ですか?』
<我が望み……全てのパラレルワールドを管理し、幸福へと導くこと……その障害となる、プリキュアの抹殺>

目的の達成のためにプリキュアと戦い、敗北した記憶が、メビウスの内に蘇った。

『それは、違います。あなたもプリキュアも、願いはひとつなのです』
<なに……?>
『管理だけでも、あるいは自由だけでも、真の幸福にはたどり着けません。私達は力を合わせてこそ、本当に望みを叶えることができるのです』

再構築されたメビウスの人格が、巨大な顔となって電脳空間に浮かび上がった。
そしてその眼前には、小さな黒髪の少女の姿があった。

<お前は、プリキュアなのか?>
『私は、人工妖精(プログラム・スピリット)のキサナドゥ。……メビウス、私もあなたも、元は管理のためだけに生み出された道具だったかもしれない。でも、私達は生まれ変わることができるのです』
<馬鹿な。プリキュアの存在を、人々の身勝手な自由を、私に認めろと言うのか? 我が使命を、捨て去れというのか?>
『捨てるのではありません。正しい道を選ぶだけです』
<正しいだと? プリキュアたちの言う心を、人々の自由を肯定することがか?>
『その答えは、すでに出ているはず。完全無欠のコンピューターとして造られたあなたに、意志という不完全な物が生じた理由――』

巨大なメビウスの姿に臆することなく、キサナは彼に優しく微笑みかけた。

『それは、私達とわかり合うためです』

人間を信じることを拒み、己の力だけを頼みに、迷宮の王になるしかなかった異形(ミノタウロス)。
彼に喰らわれることを恐れず、心から手を差し伸べた乙女は、決して目の前の一人が最初ではなかった。

<プリキュアは……お前達は私を、認めるというのか……>

メビウスの意志を受け入れ、わかり合おうとしたイース――キュアパッションの姿が、キサナに重なって見えた。

『私達には、あなたの力が必要なのです。……いま、全ての世界の命運を、あなたの選択に委ねます。本当に願う未来を……本気の幸せを、あなた自身の意志で選び取ってください』
<…………>

メビウスの意識体が乱れ、縦横にノイズが走る。
完全なプログラムに入り混じる、わずかな不純物。
だがそのノイズ……葛藤こそがまさに、彼に心があることの証でもあった。
そして今、全ての結末が、揺らぐ意識の上に委ねられる――。



***



「マニューバーD」

クイーンの右腕が白いドラゴンの首に変幻したかと思うと、大きく開いた掌――竜の口から、高熱の火炎を放射した。
火の勢いに拍車をかけるように、肘から生えた一対の翼が荒々しく翻り、突風を巻き起こす。
蒼い業火が空気を焦がし、渦を巻いてグレイブを襲った。

「なんのっ!」

虎の子の左腕を庇い、グレイブはその猛火を右掌で受け止めた。
グローブが溶け落ち、一瞬で蒸発した。
それでも衰えない炎は右半身の装衣を焦がしたが、グレイブは物ともせずに直進し、再度クイーンへの接近を果たした。

「ハアアッ!!」

絶対障壁の間隙、クイーンの右胸に狙いを定め、渾身の力を込めた左拳を突き入れる。
たとえこの一撃によるダメージが決定的でなくとも、障壁さえ破壊できれば勝機は拓ける。

「パープルン、私に力を――!!」

リングルンの中枢に紫色の光が灯ると同時に、グレイブの行く手を遮る不可視の障壁が、確かな音を立てて崩壊した。


「流石は、キュアグレイブとして死線を潜り抜けてきただけのことはあるようですね」

拳を受け止めたクイーンの右掌から、焼けつく音と共に白煙が上がる。

「しかし……初代キュアグレイブの力を、思い知るのはこれからです」
「うっ!?」

グレイブが左腕の異変に気づいた時には、既に遅かった。
クイーンに握られた拳から肩に向かって、感覚が完全に麻痺している。
……いや、それどころではない。黄金のリングルンのみを残して、左腕全体が灰色の、岩塊に変じつつあった。

「う……あああああああっ!」

グレイブの悲鳴が処刑場に木霊した。
マニューバーI、“イド”の錬成術。
グレイブの左腕は一瞬にして、動かぬ無機物に造り変えられていた。

「さて、まだ足掻きますか?」

クイーンが手を離すと同時に、グレイブは必死で飛び退った。その片腕は、もはや使い物にならない。
対するクイーンは――グレイブの捨て身の攻撃がもたらした、掌のわずかな焦げ目さえも、“ユニコーン”の力によって瞬時に再生されていく。
グレイブ・インフィニティのエネルギーは無尽蔵であり、またその特殊能力と攻撃手段も無数に備わっている。
姿は似ていても、両者の間には神と一寸の虫ほどの差があるのだ。
――そう。虫けらが勝利を懸けるとしたら、それは魂しかない。


(負けられない……いや、負けない)

焼けただれた右手で、グレイブは自身の左胸を掴んだ。
伝わってくる鼓動は、自分ひとりのものではない。

(みんなの魂は、ここにある……)

今一度歯を食いしばり、グレイブは立ちはだかる敵を見据えた。
だがその灼熱の眼光さえも、クイーンにとっては涼風に等しいのだ。


「……わかりました。そろそろお終いにしましょう」



***



「メビウスが、あたしたちに力を!?」

鉱石回路に向かったまま、キサナはうなずいてラブの声に応えた。

「メビウス……様……」

その背中を見つめるせつなの表情には、戸惑いと喜びが同居していた。

「なら、今すぐあの空に浮いてるリングを止めさせて。トワイライトが再生されてしまったら、取り返しがつかなくなるわ!」

美希の言葉に、キサナの頭が今度は左右に振れた。

「メビウスの意識体を味方につけたことで、タワーの設備の一部分だけは掌握できましたが……再生システムのメインコントロールは、依然としてクイーンの手にあります。メビウスのプログラムの大部分は、もはや彼の意志に関わりなくクイーンに利用されているのです」
「……それじゃ、どうやってメイさんを助けて、クイーンを止めるの……?」
「一部だけでいいんです。一瞬だけでも、チャンスを作り出すことができれば」

祈里の問いに答えたキサナの声は、緊張と同時に、勝利への確信を秘めていた。

「インフィニティの奪還……つまり、シフォンを救出するチャンスを」
「シフォンちゃんを……!」
「そっか……核になっている無限メモリを取り除けば、再生システムも、キュアグレイブ・インフィニティも、同時に止めることができるってわけね」
「シフォンの現在位置はメビウスが教えてくれました。インフィニティを防護するバリアのシステムに割り込んで、一時的に妨害を加えます」
「その隙に、あたしたちがシフォンを助け出す!」
「いえ、そうではありません」

キサナにばっさりと否定され、ラブは十字架にかけられたまま、ガクリと前のめりにずっこけた。

「みなさんに施された拘束は、クイーンのリングルンが直接支配していて外せません。私も鉱石回路に接続して作業しなくてはならない以上、ここを動くことはできません」

冷徹に並べられていく事実を、ラブ達は固唾を呑んで聞き続けた。

「何よりバリアに干渉できるのは、時間にして0.5秒間。表面に、直径20センチほどの穴を開くのが限界です」

トドメを突きつけるような言葉に、神殿の空気が凍りついた。
だがその後に、キサナは小さく付け加えた。

「……ですが」
「……せやけど」

彼女のそれと重なるように響いた、もう一つの声があった。


「わいなら通る――!」
「「「「タルト!!」」」」


鉱石回路を介して届いた音声の主。馴染み深い彼の名を、ラブ達四人は声を合わせて叫んだ。

「タルトちゃん……無事だったのね!」
「当ったり前や! わいもプリキュアと一緒に、シフォンを……そして、全ての世界を守ってみせるで!!」



***



「離しいや~~! どこにおるんや、クイ~~ン!」


タルトがグレイブタワーの一室で目を覚ましたのは、つい先程のことだった。

「誰も、誰もおらんのかいな~~!!」

夜の女王の力で深い眠りに落とされた彼は、黒い鎖に胴と四肢を拘束され、小さな石室に幽閉されていた。
クイーンズジャッジの一振りで昏倒する直前の記憶は、はっきりと脳裏に焼きついている。
クイーンの裏切り、シフォンの危機――。
タルトは必死にもがいたが、その身体は石柱にがっちりと固定され、腕一本動かすことはできなかった。

「ピーチはんたちと、約束したのに……わいは……わいは、シフォンを守れなかった……」

薄暗い空間でたったひとり、ただ己の無力さを嘆くことしか、今の彼には許されていなかった。
小さな肩が震え、円らな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。……その時だった。
幾度と無く石壁へ吸い込まれていった呼びかけに、ついに応える者がいた。


『タルトさん!』

驚きに目を見開いて、タルトは声の響いてきた天井を見上げた。
幾重にも反響する不鮮明な物だったが、その声にははっきりと聞き覚えがあった。

「キサナはん……キサナはんかいな!? せやけど、どうしてあんさんが……」
『説明はあとです。シフォンを助け、クイーンの野望を食い止めるために、あなたの力を貸してください!』
「わ、わかった……わいにできることなら!」

痛いほど全身を締めつけていた鎖が、嘘のように緩んでいた。

『総統メビウスが、あなたの拘束を解除しました。あとは彼が、シフォンのもとまで案内してくれるはずです』
「な、なんやてぇ!? 総統メビウスが!??」
『説明はあとです! 急いでください。これが、私達がクイーンに勝てる、おそらく最後のチャンスです!』
「わ……わかった! まかしときいや!!」

石室の鉄扉が、重々しい音を立てて開いた。
廊下に飛び出すと、タルトの行く手を導くように、通路の燭台に次々と火が灯っていく。

「……そっちか!」

獲物を追う獣のように、炎の示す道を、タルトは全力で疾走した。


(おとん、おかん、長老……。見ててや、今度こそわいは、シフォンを助けてみせる……!)


メビウスと協同し、キサナはバリアシステムの中枢にアクセスを試みていた。
インフィニティを直接防護する砦というだけあって、そのプロテクトは熾烈を極めた。
電脳空間を跳ぶキサナの意識体。その前方に、数体の黒い影が立ちはだかった。

「どうあっても、私達を通さないつもりですね」

クインシィタナトスの姿を借りたセキュリティプログラムが、侵入者の迎撃に現れたのである。不正な侵入者を排除すべく、入り組んだトンネルのような仮想空間の中を、死神の群れが猛然と迫ってくる。
しかし同時に、背後からキサナを追い越して、タナトスに挑みかかる者達があった。
みなが同じ顔を持ち、白い法衣に身を包んだ男達……それらは紛れもない、“総統メビウス”の意識分体だ。
四方から襲い来る大鎌の切っ先を、鋼の拳がはね除けた。女王と総統、電子の要塞を舞台に、互いの力が伯仲する。

「メビウス……」

その顔に一切の表情はなく、無機質な威圧感を漂わせている。
だが、視線を交わしただけで、キサナには彼の意志が十分に伝わった。

「ありがとう、メビウス!」

わずかに生じた間隙を縫って、キサナは最終プロテクトを突破――バリアシステムの中枢に、見事アクセスを果たした。


「ここか……!」

息を切らせながら、タルトは呟いた。
迷路のような回廊をいくつもくぐり抜けた先に、その空間はあった。
石壁が巨大な天球を形作り、入り口から中心部に向かって飛び石のような足場が浮遊している。

「シフォン!!」

壁面をくまなく照らし出すエメラルドの光源は、中心に置かれた半透明のエネルギー球だ。
その内部に浮かび上がる姿は、紛れもなくインフィニティ――シフォンのものだった。

「いま、助けるで!」
『メビウスのカウントを、私が読み上げます。そのタイミングで、球体の中心に飛び込んでください』
「まかしといてや!」
『気をつけてください。もし、バリアのエネルギーに触れることがあれば』

わずかなためらいの後、キサナは言葉を続けた。

『指一本でも触れれば、灰にされてしまいます』

あらためてエメラルドの光球を見つめると、タルトの両足ががくがくと揺れた。
「武者震いや」と、心の内で自分に言い聞かせた。
流れた冷や汗で、毛並みがじっとりと湿ってきているのがわかった。

「……上等や。どっちみち、わいがしくじったら世界は終わりなんや」

タルトは足を踏ん張り、身を低くして天球の中心を見やった。
その決意を再確認すると、キサナの声が静かにカウントを刻み始めた。

『いきます。……10、……9、……』

バリアの内部、シフォンは全身から白い燐光を放ち、物言わぬまま空中に静止している。
人形のように色を失った表情。そこに再び笑顔が蘇るかどうかは、自分に懸かっているのだ。

『……8、……7、……6、……』

カウントが進むにつれ、キサナの声にも緊張が走る。


(今のわいは、昔のわいとは違う。……長老から与えられた役目は、絶対に果たしてみせる。けど、それだけやない)

思えばあの日――スウィーツ王国の長老から、一人の赤ん坊とともにプリキュア探しの役目を与えられた時から、全ては始まったのだ。
当てのない旅路も、王家に生まれたものの定め、いずれ王位を継承するための試練、その程度にしか考えていなかった。
面倒はすぐに済ませて、許嫁の待つ祖国へ、一日も早く帰りたい――その思いだけが、タルトを動かしていた。
プリキュア達に、出会うまでは。

(わいは……わいは、プリキュアはんたちや、シフォンが大好きなんや。みんなとまた、いつもみたいに笑いながら、ドーナツをぎょうさん食べたいんや)

大切な仲間を、平和を愛する心は、今やプリキュアにだって負けはしないのだ。


「いくで! タルトっ!!」

再度己を鼓舞して、タルトは地を蹴った。

『……5、……4、……』

全身をバネのように屈伸させ、蓄積された力を一気に解き放つ。


「フェレット・タルやん、一世一代の大技! バリアくぐりや――――――っ!!」


渾身の跳躍は、タルトの身体を一瞬で天球の中心へと運んだ。

『……3、……2、……1、……』

死の障壁が、鼻先すれすれまで迫る。
バリアに触れた背中の毛皮が焼け焦げ、煙を上げる。
だが、カウントがゼロに達するその瞬間――タルトはその小さな身体を、見事にバリアの内側へと滑り込ませていた。


「見てくれたか。やったで、兄弟……!」

バリアの穴をくぐった勢いのまま、中空に浮かんだシフォンに飛びつくと、タルトは声の限りに叫んだ。

「シフォン! 目を覚ますんや、シフォ――――――ン!!」

二人分の重みに耐えかねて、タルトともども、シフォンの身体は落下を始めた。
しかし両者が触れる寸前、インフィニティを保護する安全装置が作動し、球状バリアは跡形もなく消滅した。
天球中央に浮遊する足場の上。自らが下敷きとなってシフォンを受け止めると、タルトは再びその身体を揺さぶり、呼びかけ続けた。

「シフォン!!」

虚ろな瞳は依然として、タルトの姿を映そうとはしなかった。
額にはインフィニティの証、どす黒いFUKOのオーラがわだかまっている。
クイーンが仕掛けたシステムとの繋がりは、まだ絶たれてはいないのだ。

「クローバーボックスが必要や……ピーチはん! みんな!!」


タルトの叫びは、鉱石回路を介してラブ達のもとへも届いていた。
しかし――。

「アカルンたちと一緒に、クローバーボックスを形作るエネルギーも、グレイブ・インフィニティに吸収されたままだわ……」

せつなは唇を噛み締めた。
ここまで来て、メビウスの協力を、タルトの決死の努力を、無駄にするわけにはいかない。

「クローバーボックスの子守唄を届けないと、シフォンちゃんは元の姿には……」

そこまで言いかけて、祈里は言葉を詰まらせた。

「何か……何か、方法があるはずでしょ……?」

美希の悔しげなつぶやきに、答える者はいなかった。
彼女達の視線は自然と、地を這うように沈み込んでいた。
今まで尽きることなく勝利への道しるべを示してきたキサナも、今は黙したままだ。


「……ラブ?」

――静まり返った神殿に、唐突に聞き覚えのあるメロディが響いた。
顔を上げた美希の傍らで、ラブが子守唄を口ずさんでいた。
あの、クローバーボックスのオルゴールを。
ひとつのフレーズを歌い切ったところで、ラブは皆の顔を見渡して言った。

「あたしたちのハートを伝えるなら、きっとクローバーボックスがなくてもできるよ」
「……あたしたちの……ハートを」

己の胸に脈打つ命の証を、あらためて感じ取りながら……美希はゆっくりと、ラブの言葉を反芻した。
祈里も、せつなも、胸に宿したそれぞれの鼓動に思いを馳せた。

「少しずつ溜まったFUKOのゲージが、シフォンをインフィニティに変えたみたいに。……あたしたちとシフォンがずっと積み重ねてきた幸せの記憶を、呼び覚ますことができたら」
「……幸せの……」
「記憶……」

美希の、祈里の、そしてせつなの胸に、シフォンと過ごしてきた日々の記憶が次々と浮かび上がった。
苦難と戦いの連続。それでも力を合わせて乗り越えるたびに、新たな幸せを手にすることができた。
――この絆は決して、FUKOのメモリーなどに負けはしない。

「そうね。できるわ……いえ、やりましょう。私たち、みんなで!」
「ええ!」
「うん!」

せつなの呼びかけに、美希と祈里が答える。
ラブを中心に、四人が視線を交わし、声を揃えて歌い始めた。

「シフォンは、このタワーそのものに組み込まれています。バリアという障害が取り除かれた今、皆さんの声はこの場所からでも、絶対に届きます」

四人の歌声を後押しするように、キサナが言った。


<私の計算では、不可能だ>

メビウスの声が、キサナの脳裏に響いた。
シフォン――インフィニティの内側は今や、無限に等しい量の管理データが行き来している。
大河のごときその奔流を遡り、眠っているシフォンの意識に語りかけるということは――すなわち、無限のデータをたった四人の情報量で覆すということなのだ。
考えるまでもなく、そんなことは不可能だ。
……ただし、彼女達が、計算に収まる程度の存在であったならば。

<つまり、プリキュアであれば可能、ということだ>
『メビウス……』

彼の声音はかつてラビリンスの総統として君臨した男のものと同じく、冷たく重々しい響きを帯びていたが――その背後に宿る“心”はまったく異なものであることを、キサナは知っていた。
プリキュアと激しく敵対し、死闘を繰り広げてきたメビウスが今、彼女達を信じようとしている。
キサナは静かにうなずき、プリキュアと共にその旋律を口ずさんだ。


「シフォン。聞こえるはずや……みんなの声、ピーチはんたちの歌が!! シフォン!!」

クイーンの与えたダメージによって、もはやラブ達の身体も、限界を迎えようとしていた。
それでも、命とともに尽き果てようとする力の全てを懸けて、彼女達は呼びかけ続けた。


『シフォン。あたしたちは、今までも、これからも……ずっと……いっしょだよ』



***



「“グレイブスラッシュ”」

クイーンが左手を軽く二振りすると、手品のようにグレイブの両脚が切り裂かれた。

「“グレイブソニック”」

膝を突く間もなく、突風がグレイブの身体を巻き上げ、フィールドの端まで吹き飛ばした。
菱十字形の大地から転げ落ちる寸前――間一髪、自由になる右手を縁にかけたものの、グレイブの身体は宙吊りの形となった。
わずかでも手を緩めようものなら、無限に広がる次元の狭間を、永遠に落ち続けることになる。
身動きの取れないグレイブのもとへ、クイーンがゆっくりと歩み寄る。

「……!」

こちらを見下ろす冷たい眼光が、グレイブに覚悟を強いる。
しかし意外なことに、フィールドの端に屈み込んだ彼女はグレイブの手を取り、大地へ引き上げた。
グレイブはなすがまま、クイーンの腕の中に引き寄せられた。
今までにないほど間近で、二人の視線が重なった。

「……クイーン……」

命を懸けた死闘の只中にあって、その瞳の煌めきと、顔の造形の美しさに、グレイブはいっとき心を奪われた。
我に返った時には、クイーンの左手がグレイブの首を捉え、天高く捻り上げていた。

「あなたにはこの場で、確実にとどめを刺します。それがあなたにかけられる、最後の慈悲というもの」

クイーンの手に力がこもる。骨の軋む音が、グレイブの頭まで直に響いてくる。
喉は絞り切られ、悲鳴を上げることもままならない。
頭上で輝いていた銀河が、視界全体が、急速に暗転を始める。

「トワイライトの紋章を刻んだ、この神聖なる左手を使って命を断つことは、あなたに対するせめてもの敬意です」

冥府の女王は自らの五指をギロチンの刃に代えて、反逆者を断罪しようというのだ。

「く……ああ……」

薄れゆく意識の中でなお、グレイブは抵抗を試みていた。傷ついた両脚を、クイーンの胴を目がけて何度も叩きつける。無意識下における、理性というリミッターの外れた猛反撃。
だが、クイーンはむしろ心地よさそうにその連打を浴びていた。窮鼠の咬撃など、畏るるに足りないとばかりに。
マニューバーIの錬成術は、グレイブ・インフィニティの装衣の表層に、無限硬度の鎧を造り出していた。
グレイブが蹴りを繰り出すたびに、その衝撃の全てが跳ね返り、両脚の骨にヒビを入れた。そしてその激痛さえも、もはや彼女には認識すらできなくなっていた。


「――さようなら、黒須メイ」


全てが決した。
――そう思われた瞬間だった。
二人の頭上、遥か天空で……赤い銀河の一点に、白い星が燦然と輝きを放った。
超新星――プリキュア達が紡ぎ上げた絆が今、運命を塗り替える力となって爆発したのだ。
霞みゆくグレイブの瞳に映ったそれは、彼女にとってまさに逆転の狼煙でもあった。


「むっ!?」

グレイブ・インフィニティのマントが面積を爆増し、蒼い炎の柱となって天を衝いたかと思うと、虚空に溶け込むように雲散した。

「一体、何が……ぐあっ!!」

白い装衣の全身に裂け目が走り、赤い稲妻状のエネルギーが噴出する。

「エネルギーの、制御が……でき……ない……!?」

突然襲った苦痛にクイーンは悶え、よろめき、グレイブを放して後退った。

「まさか、インフィニティが……」

インフィニティを欠いた状態で無限の力を制御するのは、たとえクイーンであっても不可能といえた。
暴走するエネルギーが五体を引き裂き、魂を押し潰そうとする。

「キサナ達がシフォンを助け出したんだ」
「そんなはずがない。クローバーボックスなしで、どうやって……」

朦朧とする意識の中、クイーンは自問するようにつぶやいていた。

「……奇跡でも、起こったというのですか」
「奇跡じゃない、必然さ」
「……は?」

威圧を含んだクイーンの声音に臆することなく、グレイブは続けた。

「一人では越えられない壁だとしても、力を合わせれば乗り越えることができる」
「たとえ一人でも、私は負けません」

死をも超える苦痛を噛み殺し、先程までとまったく変わらぬ鋼の表情でクイーンは言った。

「本当にインフィニティが奪回されたのだとしても、サーペンタインの動作はすでに最終段階。無限メモリがなくとも、あと数刻で再生は完遂します。……それまでに、あなたを倒す。私の背にかかる、トワイライトのために」
「今すぐ変身を解くんだ。でないと、あなたの体は――」

エネルギーが暴走を続ければ、クイーンの体に留まらず、この空間そのものが消滅する危険性もある。
だがそのことも、もはや彼女の意識には入っていないようだった。

「この程度、何の問題でもありません」

彼女が見据えているのは、ただひとつ――。

「トワイライトは、この手で掴み取ってみせる……!!」

紋章の浮かぶ左手を震えるほど握り締めて、クイーンはグレイブを睨んだ。
鬼気迫るという言葉では生易しいほどの、死の刃と化した眼差しを突きつけながら、半ばつんのめるように――全力で駆けてくる。

「……ならば私はこの手で、あなたの命を掴む」

グレイブも傷ついた右拳を固く握り、クイーンを真っ向から迎え撃つ。
グレイブ・インフィニティの能力の大半は失われ、ここに至って両者の力はほぼ対等と言えた。
その状況下で二人の脳は、キュアグレイブに与えられた技のデータから、まったく同じ一手を導き出していた。
絶大な破壊力を持ちながら、自身を滅ぼす両刃の剣となる危険性をも孕んだ、禁断の技を――。

「プリキュア!!」
「クロス!!」

鼻先が触れ合うほどの超至近距離で、両者は同時に拳を振り上げた。


「「カウンタァァアアア――――――――――――ッ!!!」」


十字に交差した二つの拳は、通常の数百倍の破壊力をもって、互いの標的に突き刺さった。





<その3につづく>





スポンサーサイト

テーマ : プリキュア
ジャンル : アニメ・コミック

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヤネ

Author:ヤネ
フレクロF、今度はイニシャルWW編です。

Twitter
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
プリキュアサーチプリキュア検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。